彼女と初めて出会ったのは3年前の事だ。
言葉が通じず。何処かも分からない場所。どうしようもなくて、街中で蹲って震えていたそんな僕に声をかけてくれたのが、彼女――レイミーだった。
「貴方がレイミー様の忘れ物を届けに来られた方ですか?」
室内に執事服の男性が入ってきて、僕にそう確認して来る。黒髪黒目で、理知的な瞳をした人だ。
――その人を見た瞬間、体がぶるりと震えた。
なんだ? 何でこんなに緊張するんだ?
緊張から、僕は膝上にあった両手を強く握りしめる。
恐怖? いや、そういう恐ろしい感じはしない。そもそも、この穏やかそうな人に恐怖を感じる理由などないし。
――自分でもよく分からない感覚。
一体なぜ……なぜ、こんなに緊張してしまうんだ?
そんな、なんとも言えない感覚を抱きつつも、僕は口を開いた。いや、緊張から沈黙を避けたいという思いが湧き出て、口を開かずにはいられなかったというのが正しい。
「は、はい……僕はその、怪しい者じゃなくて……職場で一緒に……あ、いや彼女の元居た職場の同僚でして。それで、その……忘れ物を……届けに……」
上手く喋る事が出来ない。馬鹿みたいに緊張しているせいだ。
そんな僕の聞き苦しい言葉に、その男性はふっと微笑む。その瞬間、体から力が抜け、極度の緊張状態から僕は解放される。
「ふぅ……」
緊張感から解放され、思わず僕は安どのため息を漏らす。いったい、何だったって言うんだろうか?
「ご安心ください。ミコシバ様の事は存じ上げておりますので」
「へ?え?あ……僕の事、知ってるんですか?」
「はい。コーガス侯爵家に仕える者として、レイミー様の交友関係は把握させて頂いておりますので」
素行調査って奴かな? 普通は結婚相手とかにする様な物だけど、やっぱり貴族だからかな。友人や同僚にもするのは。
って、それって……僕大丈夫かな? だって僕については、3年以上前の足取りが
「ああ、申し遅れました。私はコーガス侯爵家にお仕えする、タケル・ユーシャーと申します」
執事さんが丁寧に名乗ってくれるその名前を聞き、僕は『ん?』となった。
タケルと言う名が、この世界では珍しい名前だというのもあるが。レイミーから何度となく聞かされて来た、世界を救った勇者の名前と同じだったからだ。
「タケル……ユーシャー?」
――そしてその勇者は、没落前のコーガス侯爵家から輩出された偉人だった。
執事さんがそれと同じ名前なのは偶然? でも……
名前だけなら確かに偶然と言えたかもしれない。だけど名字までがユーシャーというのは、どう考えてもアレである。
ユーシャーって、ぜったい勇者のもじりだよね? という事は、目の前の執事さんは勇者様……な訳ないから、その子孫って事だろうか?
どうなんだろう。ちょっと気になる。けど、初対面でそんな事聞くのは失礼だよな。
「はい。何か問題でも御座いましたか?」
「ああ、いえ。その……世界を救った勇者様と同じ名前だなぁ、と思いまして。ははは……」
「ああ、そうですね。同じというよりも、私がその勇者です」
「まあ偶々ですよね……って、ええ!?」
え? 今この人、自分が世界を救った勇者本人って言ったのか?
執事さんは笑顔で俺をじっと見ている。特に何か秘密を打ち明けた様な感じではない。
あ、まてよ。ひょっとして冗談なんじゃ? なんだ、びっくりして叫んじゃったよ。恥ずかしいなぁ。
「も、もう冗談キツイなぁ」
「冗談ではありませんよ。正真正銘……私が100年前に魔王を倒し、勇者の称号を得たタケルです」
タケルさんは真面目な顔でそうきっぱりと宣言する。
冗談の続き? でもそうは見えないし。本当に勇者? いやでも、魔王が倒されたのは100年も前の事だ。当時20歳ぐらいと考えても、もし勇者が生きていたとしたら120歳ぐらいって事になる。
だが執事さんはどう見ても30代程度。年齢が全く合わない。
「ははは、冗談キツイなぁ。執事さんて、どう見ても100歳以上には見えませんよ」
「肉体的な若さなんて物は、いくらでも調整可能ですよ。何故なら……私は
「へ?」
地球から来た人間。その言葉に僕は固まる。
何故なら――
「貴方と同じでね。御子柴大河さん」
――僕も地球人だから。