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第36話 持ち腐れ

――エンデル王国・王城。


「退屈だな」


横に立つ魔王がつまらなさそうにつぶやく。


現在は貴族会議が開かれていた。出席できるのは貴族だけなので、従者として付き添って来た俺と魔王は待機室で待機中だ。


十二家との会議の時の様に、お前が化けて出ないのか?


その必要はない。あの会議は出席者達との関係に問題があったから、変身して俺が代わりを務めただけだ。特に大きな問題がないな、ら本人が出席するべきである。


経験を積む必要もあるし。いつまでもおんぶに抱っこでは、コーガス侯爵家の人間としてふさわしいとは言えないからな。


「まあそう時間はかからないでしょうから、もう少し辛抱してください」


俺が口元に人差し指を立て、黙れのジェスチャーをする。


「分かっているさ。ただ愚痴っただけだ」


魔王が黙り、再び待機室に静寂が戻った。


待機室はかなり広く、ホールと言っていいサイズとなっている。何せ、出席する貴族の従僕は全て合わせると軽く200人を超えるからな。それだけの人間を収容する以上、広くなるのは必然と言えるだろう。


――そしてそれだけの人数が集まっているにもかかわらず、待機室は静かだった。


この場に居るのは全て貴族の側仕えである。それぐらいの立場になると当然品格が求められる様になるので、主が大事な会議中に、自身は暇だからと待機室で談笑する様な愚か者は居ない。


だから俺は魔王に黙るよう促したのだ。べらべら喋って、コーガス侯爵家の執事は常識も弁えていないと周囲に見くびらてはならないから。


そのままただ時間だけが過ぎていく。すると待機室に、想定外の闖入者が姿を現した。入って来たのは金髪の軽薄そうな青年と、それに続く従者の様な者達。その恰好と、背後に続く者達の様子から、その青年が高位の物である事は一目で見て取れる。


こいつは確か、第二王子のバミューダ・エンデル……


面識こそない物の、王家や貴族の顔は一通り叩き込んでいるので、俺は直ぐに相手の正体に気付く。


「……」


王家には二人の王子がいるのだが、その評価は綺麗に分れていたる。優秀で、王位を告げば将来名君になるであると評判の良い第一王子と。愚か者の出涸らしと呼ばれている第二王子に。


馬鹿が一体、貴族の従者以外いない場所になんの要だ? 漫画とかだと、こういう場合絶対碌な真似をしないというのがお決まりとなっている訳だが……


「……」


第二王子は周囲を見渡した後、真っすぐ俺達の居る方へと近づいて来た。その視線を辿ると、魔王を見ているのは明らかだ。


おかしいな?


魔王は常に俺と共に行動していたので、王家に睨まれる様な事はしていない。そのため、何故第二王子が魔王を見ているのか、その理由が俺には分からなかった。


「俺はエンデル王国第二王子、バミューダだ」


王子が俺達――正確には魔王の前にやって来て名乗る。


「お初にお目にかかります。わたくしは――」


「お前の事などどうでもいい」


俺が頭を下げて挨拶しようとしたら、ぞんざいに遮られてしまう。まあそうなるだろう事は予想していたが。


分かっていたんなら名乗らなければよかった?


そういう訳にも行かない。相手が残念な事で有名な王子だろうと、先に礼を失してはコーガス侯爵家の恥になるからな。


「お初にお目にかかります。コーガス侯爵家に仕えるエーツーと申します」


「エーツーか。近くで見ると更に美しいな」


バミューダが締まりない顔になる。エーツー的に言うなら発情期って奴だな。近くでって事は、遠くから見た――多分城内を移動中の姿――エーツーに合う為わざわざここへやって来たって訳か。本当にどうしようもない王子様だな。


とは言え、こいつ……


「気に入ったぞ。喜べ、俺の妻に迎え入れてやる」


ド直球すぎるプロポーズ。ポンコツ感が凄い。人の噂は誇張されているものだが、これは噂通り、いや、それ以上かもしれんな。


「お気持ちは有難いのですが、私はコーガス侯爵家に骨を埋めるつもりですので」


そのプロポーズを、エーツーがやんわりと断った。この手の礼儀作法は叩き込んであるからな。もしこれが100年前の魔王だったら、今頃王子の首から上は地面に転がっていた事だろう。


「ぬ……照れているのか?たかだか没落貴族の従者として一生過ごすなど、笑えない冗談だ」


俺の前でコーガス侯爵家を非難するとはいい度胸だ。


「まあこんな場所で立ち話する様な事でもない。付いて来い」


バミューダがニヤケ面でエーツーの腕を掴もうと手を伸ばす。が――


「うっ……く……」


その瞬間奴の顔色が変わり、よろめく様に数歩後ろに下がって呻いた。


「お、王子!?」


「どうかなさいましたか!?」


「ぐ……うぅ……何でもない。今日はちょっとあれだ……ま、また会おう」


心配して慌てる従者に何でもないと告げ、顔色の悪い王子は腹を押さえて俺達の前から逃げる様に去って行く。


さて? 間に合うかな?


『存外、気が短いのだな』


魔王の言葉が直接俺の脳内に響く。面白い能力だ。


『あの程度で済ませたやったんだ。寧ろ寛大と言って欲しいな』


模倣できそうだったので俺もやってみる。


『一瞬で真似するとはな。今の馬鹿王子に使った呪いといい……お前は本当に多芸だな』


王子にやったのは呪いの一種。効果は2時間程下痢が続くという物だ。まあ多少でも力を持ってる人間なら簡単にレジスト出来るレベルの物だが、当然あの無能な馬鹿王子ではそれは叶わない。


せいぜい便所に籠ってるがいいさ。出て来る頃にはもう、俺達はここにはいないからな。


『ふむ、それにしてもあの王子……』


『なんだエーツー。お前も気づいたのか?』


バミューダは性格に難があり、体も一切鍛えていない様なポンコツだ。だが、彼から感じる潜在魔力は相当な物だった。もし真面目に努力すれば、いずれは賢者と呼ばれる域に達する事も可能だろう。


……ま、だから何だって話ではあるが。


『完全に宝の持ち腐れだな』


『そうだな』


いい物を持っていても、性格がアレでは全く意味がない。俺は魔王の言葉に同意する。

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