「実は今、聖女タケコ・セージョー様が王都にいらしてるらしくて。それで、以前王家から下賜して頂いた領地の解呪をして頂ける事になったんです」
宿へ向かう帰りの馬車の中。横やりが入って途中で止まった朗報――貴族会議で国王から聖女を紹介して貰える事になった経緯を、レイミーが嬉しそうに語る。
「それは大変めでたい事でございますね」
解呪されれば、破滅の傷跡と旧魔王城一帯を領地として運用できる様になる。只の御飾だった物が実益になるのだから、コーガス侯爵家にとってこれほどめでたい事はないだろう。
『随分と分かりやすい名前の聖女だな』
魔王が察したのか、例の技――伝音で俺にだけ聞こえるよう言って来る。彼女の勘繰った通り、聖女は俺が用意した人物だ。
『普通は気づかないから問題ないさ』
確かに名前はかなり分かりやすい物と言えるだろう――決めたのは俺ではないんだが……
だがそうであっても、普通は気づかない。だってそうだろう? 強力な力を持つ聖女を、一執事が目的のために用意したとか、誰がその答えに辿り着けるというのか?
だから絶対にありえないと断言できる。
え? 魔王は気づいた? まあ彼女の場合は特別だ。何せ、俺の能力を把握している訳だからな。そこを知られたら流石に話は違って来る。
因みに、聖女を用意した理由は、コーガス侯爵家の領地となった旧魔王領の呪いを解くためだ。
え? そんな遠回りな事をしなくても、自分でさっさと解除すればいいのでは? それが出来れば確かに手っ取り早くていいが、残念ながらそういう訳にはいかないのだ。聖女なんて回りくどい物を用意したのには、ちゃんと理由がある。
コーガス侯爵家は、王家から旧魔王領を下賜――最初は買い取るつもりだったが――されている。そこを直ぐに俺が解呪してしまうとしよう。周りは何と考えるだろうか?
俺なら間違いなくこう考えるね。【コーガス侯爵家は、王家から直轄の領地を騙し取った】と。
生物の近寄れない価値のない土地だったからこそ、王家はあそこを下賜したのだ。だが実はコーガス侯爵家が簡単に何とかできる術を持っていたのだとしたら、それはもう騙し取ったと言われても仕方ない。そしてそんな真似をすれば、世間の風評は勿論の事、王家を敵に回す事になりかねない。当然そんな事態は絶対に避ける必要がある。
だから手に入れてから数か月たった今も、あそこはそのまま放置しており。そしてわざわざコーガス侯爵家と所縁がない聖女を事前に用意しておいたのだ。この条件下なら、コーガス侯爵家があそこを騙し取った事に気付ける者はいないだろう。
……ああでも、騙し取ったと言うのとは違うよな。
元々あそこは、コーガス侯爵家所属の勇者である俺が解放した地である。なら、その所有権は侯爵家が持って然るべきだ。つまり、本来あるべき形に戻ったとだけと言えるだろう。どうせ王家所有のままだったら、俺は呪いなんて解かなかっただろうしな。
王家はちょっとした貸しをコーガス侯爵家に作れて。此方は領地を確保できた。こういうのをウィンウィンって言うのである。
「それで、聖女様はいつ頃いらっしゃるとおっしゃられているのですか?」
ああそれと、聖女は俺の分身ではあるのだが、実はただの分身ではない。分身は魔法を扱うのに適していないので、そのままだと高位魔法を操る聖女が務まらないからだ。だからその点を解消する為に精霊を呼び出し、その身に宿らせている。今の魔王の精霊版と言えば分かりやすいだろう。
コントロールしてるのは宿っている精霊なので、リアルタイムでやり取りできないって所ががちょっとした欠点だな。
「王国武闘祭の後に、私達と同行して領地へと来て下さるそうです」
「なるほど。直ぐに来ていただけるという訳ですね」
王国武闘祭とは、貴族会議の後に行われる三年に一度の武を競う大会だ。主に腕利きや各貴族の精鋭騎士が出場し、国内最強を決める大舞台となっている。
「武闘祭と言えば、サインさんとコサインさんの応援を頑張ってしないといけませんね」
「ええ、彼らの奮闘に期待しましょう」
コーガス侯爵家からは、サインとコサインが出場する予定だ。特にサインは特別製の分身で、その強さは100年前の俺に匹敵するレベルとなっている。なので優勝確定だ。
まあ想定外の、とんでもない奴が出場してなければの話ではあるが……
ま、ないか。