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第54話 暗殺

「あたしのせいであんな事になるなんて……あたしは思ってなかったんだ……あたしは……」


「……」


頭に血が上り、バーさんに暴言を吐こうとした瞬間肩に手が置かれる。魔王の手だ。


「落ち着け」


俺の感情を察知し、止めてくれた様だ。


「ああ……ありがとう」


余りにも腹が立って怒りをぶつけようとしてしまったが、別にバーさんが望んでそうなった事でもない。抱えた憎悪を、全て彼女に吐き出し叩きつけるのは筋違いという物だ。


『バーさんの話に嘘はなかったか?』


『嘘はなかった。真実なのだろう』


「あたしは……あたしは……」


全てを話し終えたバーさんが両手で顔を覆って、苦悩の声を上げる。それを見ても、特に哀れだとは感じない。精々苦しめと考えてしまうのは、俺の器が小さいためだろう。


――寛容であれ。


かつて義理の父に言われた言葉である。あの人の様に、そう言う風に生きられたらどれだけ素晴らしいかと思いつつも、実践できていないのが現実だ。


取り敢えず……


「ちょっと外の空気を吸ってきます」


そう告げ、俺は転移で遠くへと移動する。場所は人里離れた山奥の上空だ。


「くそがぁ!!!!」


俺は最初に目についた山に向かって全力の力を叩きつけた。山が消し飛び、凄まじい量の粉塵が上がる。


「ふぅ……」


スッキリしたとは言わないが、これで少しは落ち着けた。やはり腹が立った時は暴れるに限る。


「怒りを無くす必要はないが、冷静さを失ってはダメだからな」


怒りにまかせて行動していたのでは、いつ何処で足を掬われるか分からない。俺だけならともかく、今はコーガス侯爵家の未来を担っているのだ。何事にも冷静に対処しないと。


「しかし……」


バーさんの話は先代当主夫妻。

つまり、レイミーとレイバンの両親の――


暗殺についてだった。


「……」


バーさんは元々、コーダン伯爵家から派遣されてコーガス侯爵家で働いていた身だ。彼女の仕事は侍女としての物だけではなく、侯爵家で得た情報を伯爵家に上げるという物が含まれていた。


なぜ伯爵家が、落ちぶれたコーガス侯爵家の情報をバーさんに報告させていたのか?


その理由までは彼女も知らないそうだ。兎に角、バーさんは雇用主の命令通り、コーガス侯爵家で得た情報をコーダン伯爵家に伝えていた。そしてある日、彼女は侯爵夫妻の話を盗みぎきしてしまう。


それは先代当主が、爵位を返上するという話だった。


その頃のコーガス家は、億を超える借金を抱えていた状態だ。貴族としては大した額ではなくとも、再興の芽のない、実質ただの平民状態であった侯爵家にとってはほぼ返済不可能に近い額と言えただろう。


そしてその借金は必然的に、次代の当主――息子であるレイバンに引き継がれる事になる。貴族として居続けるメリットがない事から、先代は爵位を返上しようと考えた。平民は貴族と違い、親の負債を強制的に引き継がされる様な事はないからだ。


子供達の将来を思っての行動。まさかそれが裏目に出るなんてな……


因みに、十二家との契約は取り消しこそ禁じてはいたが、権利自体の消失には一切言及されていない。要は契約に穴があったので、爵位の返上自体は問題ないって事だ。まあプライドの高い貴族が、爵位を返上するという考え自体が彼らには無かったんだろうな。


「……」


当然、バーさんはその事を伯爵家に報告した。それから程なくして、侯爵夫妻は流行り病に倒れ亡くなってしまう。


まあこれだけなら、偶然と言えなくも無い。実際、流行り病で同じ時期に結構な数が亡くなっている訳だからな。だからこそ、俺も侯爵夫妻の死に何の疑問も持たなかったのだ。まあ落ちぶれた侯爵家の当主を、わざわざ暗殺する意味なんてないってのもあったし。


にも拘らずバーさんが暗殺を疑ったのは。いや、確信したのは――夫妻を見てくれた医者が、亡くなると同時に蒸発してしまったためだ。


コーガス侯爵家にとって節目となる情報を送ったら、程なくして当主夫妻が病に倒れ。しかも二人が亡くなってすぐに、診察した医者が消えた。そりゃ確信するわな。俺だってほぼ黒だと判断する。


「しかし……」


分からないのが、コーダン伯爵家が何故そんな真似をしたのか、である。人を送ってわざわざ没落貴族の情報を得ていた事もそうだが、侯爵家が爵位を返上した所で、彼らには何の影響も無かったはず。殺してまで阻止した理由が全く思い浮かばない。


「偶然の可能性も0ではない……か」


医者も単に、そのタイミングで引っ越しただけという可能性もなくはない。限りなく低いとは思うが。


「まあ考えても答えは出ないか」


情報が無ければ、判断のしようがない。裏で集めるのもいいが、ここは――


「直接出向いて確認するのが手っ取り早いな」


こちらにはうそ発見器があるのだ。暗殺したかどうかだけは、面会して問いただせばハッキリとするはず。もし関わってなかったなら、そのまま退散する。情報を抜いていた事は気になるが、それは別に早急に対処する必要がある事ではないからな。


「だが関わっていたら……」


当然、コーガス侯爵家に手を出した報いを受けて貰う事になる。必要なら、伯爵家を皆殺しにしてでも――


「っと、いかんいかん。また腹が立って頭に血が上って来たな」


伯爵家には小さな子供だっているのだ。絶対に関わっていない者達まで殺すのは、流石にやり過ぎである。


「はぁ!!」


俺はもう一発力をブッパして山を吹き飛ばし、気分を落ち着かせた。

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