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第49話 魔王軍、まさかの社会復帰!?そして…怪しい仮面紳士が現る

「いらっしゃいませッ…!」


 威圧感MAXの魔族男性が、満面の笑みで(超怖い)カジノ『芋宮(チップパレス)』の入口を守る。

 本日オープン初日、筆の家製カジノは、文字通り“異世界初の試み”に好奇心をくすぐられた冒険者や、裏社会の噂を嗅ぎつけた貴族の放蕩息子たちで大賑わい。


「お嬢様、お席へご案内いたします。今日のラッキーナンバーは【13】でございます」


 ルーレット台の横、魔族の紳士が優雅に指差す。その所作は完璧な身のこなし。


「こ、この魔族さん、やたら紳士…!」


 一転ポーカーテーブルでは、かつての魔王軍参謀が冷静沈着にカード配り。バーカウンターでは元軍幹部が焼き芋と芋酒のカクテル「ファイアースイート」を振る舞っている。


「接客というのも…悪くないな」

「我、また一つの力に目覚めた気がする…!」


 魔王軍の面々が次々と“社会復帰”し、マオは焼き芋コーナーの影から鼻高々と宣言する。


「どうだリュウ! 我が軍、素晴らしき接客魔族軍団へ進化を遂げたぞ!」

「スローライフと引き換えに、なんか異世界改革しちゃってる気がするぅ…」


 リュウは遠くから焼き芋を頬張り、現実逃避を決意した。


 ◆◆◆


 そしてその夜。


 カジノ奥のルーレット台に、一人の紳士が静かに現れた。銀の仮面に深いフードを被り、言葉少なにチップを十枚差し出す。


「…赤に、すべて」


 魔族ディーラーが一瞬の間を置き、ルーレットを回す。カラカラカラ…チリリリ…玉は静かに赤のポケットへ吸い込まれた。


「おめでとうございます。赤、的中です」


 男は無表情のまま囁いた。


「ふむ、やはり“芋の流れ”は赤だな」


 その一言に、ディーラーの眼がほんの一瞬、驚きで揺れた。男は何も名乗らず、焼き芋をぽんと手に取ると、静かに闇へと消えていった。その袖先に見え隠れしたのは、王国宰相の家紋。


「……王国宰相紋だと…?」


 魔族スタッフの間で、ざわめきが広がる。


 ◆◆◆


 そして翌朝。


 ログハウス前ハンモックで二度寝をキメ込んでいたリュウを、ルナが新聞片手に叩き起こす。


「リュウ! 大変ばい! “王国宰相、謎の仮面姿でカジノ潜入か”って一面トップに出とるばい!!」

「えっ!?」

「しかも、“芋カジノの焼き芋を国家予算で定期購入検討”って、書いてあるっちゃけど…?」


 リュウの悲鳴が、ログハウスの屋根を突き抜けて響き渡った。


「スローライフ、遠のいたぁぁぁぁ!!」


 だが、異世界革命の歯車はもう止まらない。今日もどこかで、焼き芋とチップの香ばしい風が王都を駆け抜けている。


 ◆◆◆


「……働いた……いや、建てた。造った。もうスローライフじゃなくて建築ラノベだこれ……」


 リュウは、芋カジノ《芋宮(チップパレス)》の屋上に設けられた特設ハンモック(ラグジュアリー仕様)に揺られ、魂だけがどこかへ飛んでいきそうな顔をしていた。


 隣では芋王マオが、焼き芋を串に刺しながら満面の笑みをたたえ、夜空を仰いでいる。


「うむ……この香り、この繁盛……まさに勝利の味だ!」

「何に勝ったのかは知らないけど、なんか“異世界芋帝国”が出来上がってる気がするんだけど……」


 筆の家カジノ《芋宮》は、王都中の噂をさらい、朝から晩まで賑わい続けている。

 元魔王軍スタッフによる丁寧すぎる接客。

 全メニュー芋ベースの謎すぎる品揃え。

 そして、正体不明の“常連客”の姿。


「ねぇリュウ、昨日もいたらしいよ、あの“仮面の紳士”」


 厨房亭で一息ついていたルナが、新聞の一面をバサッと広げて見せた。


《謎の仮面貴族、芋カジノで連夜の勝負!? 焼き芋VIPルーム出入り中》


「これ、絶対あの人だろ……」

「ま、まさか……」


 その夜。


 リュウはひそかにVIPルームへの扉をくぐり抜け、暗がりの中に忍び込んだ。室内にはほのかな芋の甘い香りが漂い、一人の男が静かにルーレット台にチップを置いている。


 銀の仮面。品格漂う身のこなし。だが袖口から見えた紋章が、リュウの胸に確信を呼び起こした。


「……内大臣……ですよね?」


 男はぴくりとも動かず、ただ次のチップを赤に賭けた。


「スローライフ……返してください……」


 リュウの呟きに、仮面の下から低い笑みが漏れた。


「君の“創造力”は、もはや国家の財産だからね」


 ルーレットが回り続ける音が、二人だけの静寂を彩る。


 ◆◆◆


 翌日。


 王都の新聞一面には大見出しが躍った。


『王国宰相、カジノで焼き芋を愛す』


 その横に小さく載ったリュウのコメントが、物語を締めくくる。


「俺のスローライフ、いつから国家事業になったんですか……?」


 こうして筆の家はまた一つ、異世界に“芋とギャンブルと仮面紳士”という新文化を根付かせてしまった。


 芋、ギャンブル、仮面、天使、そして……スローライフ崩壊。


 だがリュウは、今日もハンモックの揺れに身を任せ、かすかな希望を手放してはいない。


「次こそは、何もせずに昼寝だけする日を……!」


 その夢が叶うのは、たぶんまだ、遠い未来の話である。

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