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第48話 仕事が……ない!?魔王軍、暇を持て余す

「リュウ、お主に任せたいことがある」


 のっけから思いがけぬ呼び出しに、リュウはハンモックからずり落ちた。ふわりと浮かぶ綿雲のような日常が、一瞬で引きちぎられる音がした。


「へっ……ど、どちたの? マオくんが“任せたい”なんて……また新作の焼き芋アレンジか何かか?」


 だが、土の香りをまとった芋王・マオの表情は一切の冗談を許さない。彼は珍しくキリリと引き締まった顔でリュウを見つめていた。


「真面目に聞いてくれ。先日の大天使騒動の折り、我は魔族の残党を集め、魔王軍を再結成した」


「うんうん、それは聞いてる。元部下たちが“忠誠を示す”って……でも、その後どうしたの?」


 リュウが芋を手放して腰を据えると、マオは低い声で続けた。


「仕事がない、のだ」


「……は?」


 思わず首を傾げるリュウ。魔王軍とは、暴力と戦いで領土を守り、敵を蹴散らす集団のはず。それが役割を失ったら、どうなるか。


「我が呼べば奴らは集う。しかし、働く場も役割もない者たちが暇を持て余せば、やがて剣を取りたがる」


「うわぁ、そのフラグ、めっちゃ立ってるじゃん……!」


 リュウは額を押さえた。侵略の波が再び魔族側から訪れるかもしれない。放っておくわけにはいかない。


「おまっ……魔王だろ!? ちゃんと止めろよ!」


「我はもう“芋王”である。土下座済みの無害生物だ」


「誇らしげに言うなよ……」


「農業や味噌工場に就かせようとしたが、魔族たちにはあまりに“根気”が足りなかった。数日で全員バックレた」


「魔族、忍耐力ゼロかよ……!」


 息を吐き、リュウは視線を天井に向けた。侵略者を募るわけにはいかない。だが、戦力を“消費”させるなら……。


「でも、働かせないとまたどこか侵略しに行くんだろ? それは困るなぁ……」


 しばしの沈黙。思考を巡らせた末、リュウは突然、手をパンと打った。


「ならさ……カジノとかどう?」


「カジノ?」


「そう! ギャンブルだよ。派手でアウトロー、だけど合法。勝ち負けの世界は魔族にピッタリ。金貨もチップも賭けて、一喜一憂する娯楽……」


 リュウの言葉に、マオの瞳がぱちりと光った。


「……ふむ。魔族向きではあるな……」


 元魔王が合法ギャンブルに目覚める瞬間。


 ◆◆◆


 こうしてリュウは「魔王軍雇用対策(という名の爆発的アイデア)」を胸に、新たな一手を決意した。


「よーし! じゃあ造っちまおう、『魔族特化型カジノ宮殿』!!」


 そのときはまだ、王都で一大センセーションを巻き起こすことになるとは、誰も気づいていなかった。


 ◆◆◆


「よーし、作るか。……で、どこに?」


 リュウが筆を構え、ログハウス北側を見渡す。芋王マオの居住「芋王城」のすぐ隣、ほどよく平らで人目を引く空き地が広がっていた。


「ここに“カジノ複合施設”をドカンと建てようぜ!」

「それなら宿と風呂も併設してくれ。我はサウナ好きだ」

「さりげに風呂条件つけてくるなよ、芋王……」


 マオの笑顔にリュウも頷き、深呼吸してから原稿用紙を広げた。


《ログハウス区域の北、芋王城の隣に、外観は古代ローマの宮殿を思わせる豪奢で荘厳なカジノ複合施設が完成する。

大理石の柱と黄金装飾が光るエントランスを抜けると、

広大なカジノホールにはルーレット、ポーカー、ブラックジャックのテーブルが整然と並び、高級感あふれるバーカウンターと軽食エリアを併設。

二階には天然鉱泉を引いたスパ&リラクゼーション、

三階には個室と大部屋からなる宿泊フロアを完備。

出入口は通常の大扉と、王都支店に直結する魔法扉の二種類とする》


「……おりゃっ!」


 スパァァァァァン!!!


 天鈴(てんれい)が鳴るような轟音とともに大地が震え、次の瞬間、空き地の中央に堂々たる建築が“ドンッ”と姿を現した。


 白亜(はくあ)の大理石の外壁、天井には星座を模した黄金のモザイク、柱には巨大な“芋”のレリーフが飾られている。まさに「芋王城に匹敵する」威容であった。


「な、なにこれ……魔王なのにギャンブラーの館って……!」

「リュウ、素晴らしいぞ! 我は芋とチップの王になるっ!」

「ちょっとは元魔王っぽい台詞言ってよぉぉぉ!」


 内壁も、ロビーも、ホールも、その豪華絢爛さは目を見張るばかり。

• ルーレット×2、ブラックジャック×2、ポーカー×2のテーブル設置

• チップは換金所で金貨と交換制。賞品に焼き芋や味噌玉セットもラインナップ

• スタッフには元魔王軍を大抜擢。第一心得は「説明だけはきっちり」

• 二階スパには「魔力回復風呂」「芋蒸しサウナ」「高級ヒーリングマット」など、徹底した“芋寄り”設備

• 三階宿泊フロアには謎のVIPルーム「芋の間」を完備。


「うわー……これ絶対、内大臣から怒られるやつだ……」

「ふむ。ここに我の“芋王認可印”を押しておこう」

「そんなの法的効力ねーよ!」


 そして、筆の家王都支店には新たな魔法扉が設置された。


『ログハウス北 筆の家カジノ入口』


と刻まれたプレートが淡く光り、そこからは館内へ直結している。


「よーし、準備完了。マオ、運営は任せたぞ!」

「任された。焼き芋と勝負の館、必ず繁盛させてみせよう!」

「……まあ、働いてくれるだけマシか」


 リュウはハンモック越しに新たな宮殿を見上げ、ぼそりと呟いた。


「スローライフって……こういうことだったっけ……?」


 だが、彼はまだ知らない。


 この「魔族特化型カジノ」が、王都のあの人物さえも惹き寄せてしまうとは。

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