「リュウ、お主に任せたいことがある」
のっけから思いがけぬ呼び出しに、リュウはハンモックからずり落ちた。ふわりと浮かぶ綿雲のような日常が、一瞬で引きちぎられる音がした。
「へっ……ど、どちたの? マオくんが“任せたい”なんて……また新作の焼き芋アレンジか何かか?」
だが、土の香りをまとった芋王・マオの表情は一切の冗談を許さない。彼は珍しくキリリと引き締まった顔でリュウを見つめていた。
「真面目に聞いてくれ。先日の大天使騒動の折り、我は魔族の残党を集め、魔王軍を再結成した」
「うんうん、それは聞いてる。元部下たちが“忠誠を示す”って……でも、その後どうしたの?」
リュウが芋を手放して腰を据えると、マオは低い声で続けた。
「仕事がない、のだ」
「……は?」
思わず首を傾げるリュウ。魔王軍とは、暴力と戦いで領土を守り、敵を蹴散らす集団のはず。それが役割を失ったら、どうなるか。
「我が呼べば奴らは集う。しかし、働く場も役割もない者たちが暇を持て余せば、やがて剣を取りたがる」
「うわぁ、そのフラグ、めっちゃ立ってるじゃん……!」
リュウは額を押さえた。侵略の波が再び魔族側から訪れるかもしれない。放っておくわけにはいかない。
「おまっ……魔王だろ!? ちゃんと止めろよ!」
「我はもう“芋王”である。土下座済みの無害生物だ」
「誇らしげに言うなよ……」
「農業や味噌工場に就かせようとしたが、魔族たちにはあまりに“根気”が足りなかった。数日で全員バックレた」
「魔族、忍耐力ゼロかよ……!」
息を吐き、リュウは視線を天井に向けた。侵略者を募るわけにはいかない。だが、戦力を“消費”させるなら……。
「でも、働かせないとまたどこか侵略しに行くんだろ? それは困るなぁ……」
しばしの沈黙。思考を巡らせた末、リュウは突然、手をパンと打った。
「ならさ……カジノとかどう?」
「カジノ?」
「そう! ギャンブルだよ。派手でアウトロー、だけど合法。勝ち負けの世界は魔族にピッタリ。金貨もチップも賭けて、一喜一憂する娯楽……」
リュウの言葉に、マオの瞳がぱちりと光った。
「……ふむ。魔族向きではあるな……」
元魔王が合法ギャンブルに目覚める瞬間。
◆◆◆
こうしてリュウは「魔王軍雇用対策(という名の爆発的アイデア)」を胸に、新たな一手を決意した。
「よーし! じゃあ造っちまおう、『魔族特化型カジノ宮殿』!!」
そのときはまだ、王都で一大センセーションを巻き起こすことになるとは、誰も気づいていなかった。
◆◆◆
「よーし、作るか。……で、どこに?」
リュウが筆を構え、ログハウス北側を見渡す。芋王マオの居住「芋王城」のすぐ隣、ほどよく平らで人目を引く空き地が広がっていた。
「ここに“カジノ複合施設”をドカンと建てようぜ!」
「それなら宿と風呂も併設してくれ。我はサウナ好きだ」
「さりげに風呂条件つけてくるなよ、芋王……」
マオの笑顔にリュウも頷き、深呼吸してから原稿用紙を広げた。
《ログハウス区域の北、芋王城の隣に、外観は古代ローマの宮殿を思わせる豪奢で荘厳なカジノ複合施設が完成する。
大理石の柱と黄金装飾が光るエントランスを抜けると、
広大なカジノホールにはルーレット、ポーカー、ブラックジャックのテーブルが整然と並び、高級感あふれるバーカウンターと軽食エリアを併設。
二階には天然鉱泉を引いたスパ&リラクゼーション、
三階には個室と大部屋からなる宿泊フロアを完備。
出入口は通常の大扉と、王都支店に直結する魔法扉の二種類とする》
「……おりゃっ!」
スパァァァァァン!!!
天鈴(てんれい)が鳴るような轟音とともに大地が震え、次の瞬間、空き地の中央に堂々たる建築が“ドンッ”と姿を現した。
白亜(はくあ)の大理石の外壁、天井には星座を模した黄金のモザイク、柱には巨大な“芋”のレリーフが飾られている。まさに「芋王城に匹敵する」威容であった。
「な、なにこれ……魔王なのにギャンブラーの館って……!」
「リュウ、素晴らしいぞ! 我は芋とチップの王になるっ!」
「ちょっとは元魔王っぽい台詞言ってよぉぉぉ!」
内壁も、ロビーも、ホールも、その豪華絢爛さは目を見張るばかり。
• ルーレット×2、ブラックジャック×2、ポーカー×2のテーブル設置
• チップは換金所で金貨と交換制。賞品に焼き芋や味噌玉セットもラインナップ
• スタッフには元魔王軍を大抜擢。第一心得は「説明だけはきっちり」
• 二階スパには「魔力回復風呂」「芋蒸しサウナ」「高級ヒーリングマット」など、徹底した“芋寄り”設備
• 三階宿泊フロアには謎のVIPルーム「芋の間」を完備。
「うわー……これ絶対、内大臣から怒られるやつだ……」
「ふむ。ここに我の“芋王認可印”を押しておこう」
「そんなの法的効力ねーよ!」
そして、筆の家王都支店には新たな魔法扉が設置された。
『ログハウス北 筆の家カジノ入口』
と刻まれたプレートが淡く光り、そこからは館内へ直結している。
「よーし、準備完了。マオ、運営は任せたぞ!」
「任された。焼き芋と勝負の館、必ず繁盛させてみせよう!」
「……まあ、働いてくれるだけマシか」
リュウはハンモック越しに新たな宮殿を見上げ、ぼそりと呟いた。
「スローライフって……こういうことだったっけ……?」
だが、彼はまだ知らない。
この「魔族特化型カジノ」が、王都のあの人物さえも惹き寄せてしまうとは。