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第54話 選ばれし者たち、戦場へ

 王都ルミアステラ。

 朝から城下は人の波でごった返していた。


「おいおい見たか!? 筆の家がリバーシ大会開くってよ!」

「違う違う、“国家”が開く大会で、筆の家が運営なんだってさ!」

「つまり……うちの猫が優勝したら筆の家に嫁入りできるってことか!?(錯乱)」


 どこの誰の話かはともかく、王都は今、未曾有の熱狂に包まれていた。


 広場の中央には、王国技術局の手によって設営された特設会場。

 白と黒を基調にした巨大な円形ステージ、その周囲には高貴な観客席。

 さらにその外縁には


「うぃーっす! 芋焼きたてだよー! タレつける? 塩で攻める?」


「こちらおにぎり三種盛りでーす! 味噌汁セットはお得だよー!」


 筆の家と芋王軍による、完全に“祭”な屋台群がずらりと並んでいた。


 その控室


「まったく、こんな騒ぎになるなんて誰が想像したよ……」


 リュウは軽く頭を抱えながら、控室の端にある冷茶をちびちび啜っていた。


「リュウ、楽しそうに見えるけど?」


「楽しそうに“見える”だけ。中の人はスローライフ諦めた顔だよ」


 テーブルの向かいでは、猫耳ぴょこぴょこのヒロイン・ルナが腕組みして仁王立ち。


「ま、うちが優勝するけん、安心しんしゃい」


「プレッシャーしかないなそれ」


 そこへ、続々と集まる代表選手たち。


 一人目


「ルナ……今日こそ、決着をつける時が来たな」


 獣王国代表、ゴルザーク・ガルフレア。

 金色のたてがみを逆立て、鋼の鎧をまとったその姿は、まさに武の権化。


「げっ……ゴルザーク!? なんであんたが来とると!?」


「知らなかったのか? お前の父君、つまり獣王陛下が我を“代表”として送り込んだのだ」


「ま〜〜〜た勝手に決めとる!!」


「ご歓談中すみませんが、次はわたくしの番です」


 二人目の登場は、エルフの森代表、カチュア・リュミエール。


 静かな足音、真っ直ぐに揃えられた金髪。

 ティアと同じ白銀の目に、冷静な知性が宿っている。


「姉からは聞いています。“あなた方はうるさい”と」


「ティアぁぁ!?」


 三人目

 控室の入り口に現れたのは、重厚なローブをまとった老紳士。


「……やれやれ、こんな茶番に出るとは思わなかったが」


 王室代表、宰相ラグレス。

 王の弟にして、実質この国の政を回す“影の王”。


「ルナ・フェンリル。貴様の奔放な態度、今日この場で“国家の論理”が正す」


「なーんね? 負けた時の言い訳先に用意しとると?」


「ヒュ〜〜……ルナ様、ツンもキレが違うぅ〜……」


 実況席のマオが、芋をかじりながら中継用マイクを握っていた。


「そして司会進行はこの我、元魔王マオ様が務めるぞ! 覚悟せよ、諸君!」


「なんでお前が一番テンション高いんだよ……」


 こうして集った四人の代表

 その盤上の激戦は、すぐそこまで迫っていた。


 セラフィエルも観客席からそっとつぶやく。


「……これは、神の遊戯ではない。だが……面白い」


 リュウは、筆を手に取りながら小さく笑った。


「さあ、白黒つけようか」


 静かに、しかし確かに。

 異世界初の、国家公認リバーシ大会の火蓋が切られようとしていた。


 ◆◆◆


 特設会場中央

 漆黒と白銀で彩られた円形ステージの上に、巨大なリバーシ盤が設置される。


 それは、王国魔導技術局が手がけた“自動反転式マジカルリバーシ盤”。

 石を置いた瞬間、魔力によってチップがくるりとひっくり返る、ちょっと近未来な代物だった。


 観客席はぎっしり。王族、貴族、市民、そして遠く獣王国やエルフの森からも使節団が詰めかけている。


「えー、みなさまお待ちかね〜! 第一試合、開始だ〜!!」


 芋マイク片手にマオが叫ぶ。声は魔導スピーカーで王都全域に響き渡った。


「王室代表、宰相ラグレス! エルフの森代表、カチュア・リュミエール!」


「……よろしくお願いいたします」


「手加減はしない。白も黒も、国を治める論理で制してみせよう」


 両者は静かに礼を交わし、そして着席


「では、開始ッッ!」


 序盤、盤上に響く魔力のパチンという音。


 まるで静かな戦場。

 チップ一枚置くだけで、数手先の展開が塗り替わる。


「ふむ……カチュア殿、貴公の手筋……“呼吸”があるな」


「貴方の布石には、知恵の積層を感じます。ですが、“森”は揺るぎません」


 まるで禅問答のような知性の応酬。


 観客たちはその様子に口をつぐみ、固唾をのんで見守った。


「カチュアさん……なんか強くね?」


「姉のティアより喋らないけど……なんかすごいオーラば出とる……」


「静かな……でも刺すような圧があるとよ」


 リュウ、ルナ、そして実況席のマオが口々に評する。


 中盤。ラグレスの石が盤面の中央に広がり、安定の布陣を築く。


「……中央制圧、完了です。あとは一気に……」


 だがそのとき、カチュアの指がふわりと宙を舞った。


「……“虚の辺縁”」


 ぽつんと置かれた一手。

 孤立した白石。


 ラグレスが眉をひそめた瞬間

 盤面の左右が、静かに、そして確実にカチュアの色へと変わっていく。


「なっ……!? この流れは、三手先に読み切っていた……のか……?」


「正解です。わたくし、全体を見てから置いていますので」


「解説しよう! この“虚の辺縁”とは、あえて弱い一手を置くことで、相手に“中央突破”の錯覚を与えたカチュアの高度な戦術である!」


「言い方が実況じゃなくてラノベっぽいぞマオ!」


 終盤。盤上はほぼカチュアの支配下に置かれ


「……これ以上は、打つ意味もなかろう」


 ラグレスは立ち上がり、帽子を取って一礼した。


「完敗だ。エルフの思考速度、そして知識の深さ……恐るべし」


「ありがとうございます。王国の政を担う方と対戦できたこと、光栄に思います」


 ピン、と空気が締まるような美しい決着。


会場に、惜しみない拍手が響いた。


「すげぇ……エルフって、頭脳派なんだな……」


「“魔導学者”って肩書きは伊達じゃなかったばい……」


 リュウとルナもその試合内容に圧倒される。


「にゃはは、でも次はうちがやっちゃるけん!」


 ルナがピシッと腕を振り上げると、ステージに現れたのは


「よくぞ来たな、ルナ。今度こそ、お前と向き合えるのが楽しみだ」


 ゴルザーク・ガルフレア。

 獣王国の誇る武闘派軍団長の息子。そして元・ルナの許嫁。


「次は……“愛と筋肉”の因縁決着たいね」


 ルナが口元を引き締め、ステージに向かった。


 その背を見ながら、リュウは思わずつぶやく。


「さて、こっちは荒れるぞ……」


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