「まさか、またお前とこうして向き合う日が来ようとはな、ルナ」
獣王国代表、ゴルザーク・ガルフレア。
鋭い眼光、獣耳ピン立ち、戦場で鍛え抜かれた身体。
ルナの元婚約者にして、獣王軍最年少の副団長でもある。
「ふん。うちはとっくに決着つけとるばい。あんたとの縁は、王族の都合だけのもんたい」
「そう言うと思っていた。だが、それでも俺は……リバーシで勝って、“一矢報いたい”と思っただけだ」
ステージ中央。ふたりの獣人が、白と黒の石を前に静かに座る。
マオの実況が高らかに響く。
「さあさあお待ちかね! 本日二戦目!
血と筋肉の因縁マッチ! 猫耳爆走娘 vs ライオン筋肉砲、スタート!」
「うるさい! 芋かじりながら実況すんな!!」
リュウのツッコミが飛ぶが、もはや誰も止められない。
試合開始
「……へっ。ま、こういうのは“感覚”が大事やろ?」
パチンッ。
ルナは迷いなく石を置く。
「……直感か。俺とは真逆だな」
ゴルザークはじっくり盤面を睨みながら、一つずつ着実に白石を配置していく。
「おっ……意外とゴルザークの方が冷静みたいね」
「筋肉脳じゃなかったのか……?」
「我は“直感派のルナ”と“策士のゴルザーク”という構図に混乱しておる!」
マオの叫びも白熱していた。
盤面は互角。
だが、じわじわとルナが優勢に、見えたそのとき。
「……ここだ」
ゴルザークが静かに石を置いた瞬間、盤面が一気に反転した。
「うおおお!? 一気に角を取られたと!?」
「ルナの甘い配置を読んでいたとしか思えんたい……!」
だが、ルナは慌てない。
「ふふっ、甘かばってん、うちは“全部わかっててやっとると”!」
にやりと笑い、まったく別の隅に石を置いた。
……盤面、再反転。
「うおっ!? 逆に“捨て石”!? フェイク!? あの子、感覚派ちゃうやん!」
「うーん、ちょっとだけ……うちも、考えるようになったとよ?」
ルナの目が、まっすぐにゴルザークを射抜いていた。
終盤
残り数マス。
両者、白と黒、ほぼ拮抗。
観客は総立ち、セラフィエルすらも前のめりで食い入るように見つめている。
「リュウ、どっちが勝ちそう?」
「……分かんない。でもたぶん、どっちが勝っても“悔いは残らない”試合になる」
最後の一手
ルナが、すっと石を置く。
盤面が静かに、しかし確実に反転していく。
「これで……終了たい」
マオが叫ぶ。
「勝者、ルナ・フェンリル・ガルドリオン!! 点数差、わずか一点ッ!!」
カチュアが小さく息を飲み、ゴルザークは無言で天を仰いだ。
そして、口元をゆるめた。
「負けたか……だが、清々しいな」
ルナは席を立ち、ゴルザークの前に立つ。
「……悪かったね、昔のこと。今さらやけど」
「……いや、ありがとう。もう未練はない」
そう言って、ゴルザークは微笑んだ。
獣人同士の過去と因縁に、白黒がつけられた瞬間だった。
リュウは遠くから二人を見ながら、ふぅとため息をついた。
「……やっぱスローライフって、無理だな」
◆◆◆
王都ルミアステラ、中央特設ステージ。
一日中沸き返っていた観客の熱気が、いよいよ頂点に達しようとしていた。
「さあさあッ! 王立リバーシ大決戦祭、ついに最終戦だッ!」
芋を高く掲げながら実況席で絶叫するのは、司会・解説・芋担当のマオ。
「決勝戦は、エルフの森代表・カチュア・リュミエール!」
「対するは、筆の家代表・ルナ・フェンリル・ガルドリオンっ!」
観客のどよめきが、雷鳴のように会場を包む。
「カチュアさん、やっぱすごいオーラ出しとるね……」
「うち、ちょっと緊張してきたとよ……」
控室で小声を漏らすルナの背中を、リュウがそっと叩いた。
「大丈夫。ルナならやれるよ。直感と勢いで、俺の予想なんて何度も裏切ってきたし」
「……はは、なんか褒められとるような、雑に扱われとるような……でも、ありがと」
そう言って、ルナはぐっと拳を握る。
「絶対、勝って帰ってくるけん」
決勝戦開始
ステージ中央に着席したふたり。
挨拶もごく簡潔に交わし、互いの盤を睨む。
「……貴女の直感、確かに脅威です。ですが、私は“勝ち方”を知っています」
「上等たい。うちは“負けたら終わり”と思って打っとるけん」
パチン。
第一手。音がした瞬間、会場の空気が変わった。
序盤
カチュアの布石は端正で無駄がない。
リズムのように一定間隔で盤を制していくその様子は、まるで楽譜をなぞる指のようだった。
対するルナは、時に大胆に、時に無謀に見える一手を次々に打ち込む。
だが
「おお!? 捨て石に見えた手が、“未来の角取り”の布石になっとると!?」
「にゃはは、考えてないようで、ちゃんと考えとるっちゃよ?」
「どこまで本気で言ってるんだこの子はあああ!」
マオの実況が混乱するなか、盤面は一進一退
中盤
観客たちも思わず声を漏らす。
「これは、凄まじい……知性と勘の真っ向勝負……」
「互いに“負けない”一手しか打ってない……」
セラフィエルは呟いた。
「これが……人と獣と森の子の交わす、真なる“遊戯”か……」
終盤
残りは5マス。
白:カチュア 30
黒:ルナ 29
完全に五分五分
この一手で、勝負が決まる。
「……ここたい!」
ルナが、勢いよく最後の石を置いた。
カチュアの瞳が一瞬見開かれる。
「――!」
盤面がくるり、くるりと反転していく。
パチン……パチン……
音の連鎖の先
最終スコア、ルナ:33 カチュア:31
勝者、筆の家代表、ルナ・フェンリル・ガルドリオン!
「――勝ったぁぁぁああああ!!!」
ルナが飛び上がる。
会場がどっと沸き、歓声が嵐のように吹き荒れた。
リュウは手を叩きながら、微笑む。
「よくやった、ルナ……」
カチュアは静かに席を立ち、ルナの手を取った。
「……完敗です。でも、心地よい敗北でした」
「また勝負、しようね」
ふたりの少女が静かに微笑み合うその光景は、観客の心にも深く刻まれた。
閉会式。王から、ルナへと授与される優勝トロフィー。
「そなたの勝利、民に夢と笑いを与えた。王国として、最大限の称賛を贈ろう」
「光栄たい!」
「なお、“オセロ女王”の称号と、オセロ型勲章を授ける!」
「え、勲章まで!?」
後ろでリュウが「なんでまた妙な称号が……」と頭を抱える。
そして、セラフィエルが小声で言った。
「次の遊びが気になります」
「だから静かにしてろ天使ぃぃぃ!!」
数日後。
筆の家には、王国公式グッズ“ルナモデル・オセロセット”の予約が殺到していた。
スローライフ? なにそれ食えるの?状態のリュウは、そっとハンモックに戻りながらひとこと。
「……俺の人生、白黒つけてる暇、なさそうだな」
そんな彼のそばで、ルナはにやっと笑った。
「じゃあ、次は……」
「やめてえええええ!!」
王立オセロ大決戦祭、これにて閉幕。