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第56話 教会が動いた日

 その報せは、まるで天からの審判のように静かに、だが、確実に届いた。


 王都ルミアステラ。

 その中央にそびえる王宮の執務室にて、国王ギルバート・アグナス・ディ・ルミア、通称ルミアステラ四世は額に手を当てたまま、しばらく沈黙していた。


「……つまり、本当に現れたと……?」


「はい、陛下。間違いありません」


 応えるのは宰相ラグレス。

 いつもの落ち着いた声音に、かすかに緊張がにじんでいる。


「大天使セラフィエル、“聖典に記されし、空の守護者”。その存在が、我が国の山林で復活したと、世界に広まりました」


「……ふざけた話だが、なぜこんなに素早く情報が?」


「……筆の家ですね」


「……やっぱりか」


 陛下は天を仰ぎ、天井を見つめた。


「なぜ我が国のトラブルの発端はいつも“あそこ”なのだ?」


「そこに“異世界人”がいるからです」


 ラグレスの即答だった。


 ◆◆◆


 一方その頃、筆の家 本拠地・ログハウス前


「んぁ~……晴れてるのにスローライフが曇ってる……」


 リュウはハンモックに揺られながら、空を睨んでいた。


「最近まともに寝れてない気がする……ほぼ原因は天使とか魔王とか猫とかエルフとか……」


 そのとき、ルナがリュウの腹に飛び乗った。


「リュウ、客たい!」


「ぶほぉっ!? 誰!? 今オレの胃袋、内臓ごと潰れたけど!?」


「ラグレスさんたい!」


「もっとちゃんと呼んでくれない!?」


 宰相ラグレス、静かにログハウスへと現る。


 だがその顔には、いつもの鉄面皮ではなく、何か焦燥の色が浮かんでいた。


「リュウ殿、頼みがある」


「またスローライフ粉砕系案件ですか?」


「察しが早くて助かる」


「助けてくださいよおおおお!!」


 ラグレスは深く息をつき、低く告げる。


「……“セラフィエル教”が動いた」


「せら……?」


「天使を信仰対象とする独立宗教機関。各国の王族ですら口出しできない強大な組織だ」


「おおっと?」


「その教皇が、“大天使セラフィエル復活”の報を受け、真偽を確かめるため“筆頭枢機卿”を我が国に派遣した」


「やっべぇぇぇぇぇぇ!!」


 リュウの脳内、警報フル稼働。


 ルナが首を傾げながらぽつり。


「てことは、セラフィエル様の存在が知られたら、ヤバかと?」


「めっちゃヤバかと!!」


 リュウは立ち上がり、ハンモックを空中で捻じりちぎりながら叫んだ。


「だってセラ様、毎日うち来ては味噌汁飲んで芋かじってるじゃん!? しかも“我、ここが気に入った”って完全に住人化してるし!」


「つまり……」


「セラフィエルを……“匿え”ということですな?」


 その声に、皆が振り返った。


 扉の隙間から顔を覗かせたのは、すっかり下界に馴染み、姿を人化した幼女姿の大天使その人、セラフィエル。


「リュウ、また面白い遊びが始まるのか?」


「ちがああああうううう!!!」


 こうして。


 大天使セラフィエル、極秘匿匿(ごくひにっとく)プロジェクト。


 別名

『セラ様 宙庭引きこもり大作戦』


 筆の家の総力を挙げて、静かに、しかし確実に始動した。


 ◆◆◆


「というわけで、セラ様。しばらくはこの宙庭で、のんびりしていただけると……助かります」


 リュウは両手を合わせて、にっこり笑った。

 その笑顔の背後には、“これ以上トラブルは勘弁して”の圧倒的圧力がにじみ出ている。


 対するセラフィエル

 神聖にして清廉、そして


「うむ。つまり……“遊んでろ”というわけだな?」


 どこか楽しげだった。


 宙庭

 それはリュウの執筆によって創られた、天上の別空間。


 澄み渡る空に、浮かぶのは金と白で彩られた東屋、桜の木、そして……なぜか茶室。


「……リュウくん、本当に和風好きだよね……」


「異世界で和に触れる癒し、最高だから……!」


 宙庭に滞在してもらうために、リュウたちは全力でセラフィエルを“もてなす”ことにした。


 ルナが出したのは、おにぎり盛り合わせとだし香る味噌汁。


「はいはい、セラ様。今日は“たらこ”と“昆布”と“焼きおかか”ば用意しとるけん、選ばんね」


「むっ……三択。悩ましい……が、焼きおかかにしよう。炭の香ばしさが良い」


※天使様は味にうるさい。


 次はエンタメ班。


 エルドが抱えてきたのは


「どうだいセラ様! 我が発酵魂と遊戯魂の結晶、“オセロ”に続く究極娯楽、“将棋”をご紹介しよう!」


「……前回の“リュウ百敗”の記録は、我の中でも不滅の金字塔である。続き、望む」


「くっ……天使様にまでコテンパンとは……!」


 将棋盤の上、金と銀が音を立てる。


「右香車……天の導きにより、我が王手」


「わお。詰んだ」


 ティアは隣で抹茶を点てながら、ぽつり。


「これ、天使が人類文化にどんどん染まっていってません?」


「文化交流、最高だろ?」


「……本来、信仰対象ですよね? この人……じゃない、この天使」


 一方その頃


 王都ルミアステラ。

 大聖堂の門前に、威風堂々とした馬車が到着していた。


「ルミアステラ王国……静かなる光に包まれた地か」


 馬車から降り立ったのは、白金の法衣を纏い、年若きながら威厳を帯びた青年。


 枢機卿ディアノス。

 セラフィエル教団、最高会議の一角に立つ男。


 彼の後ろには十数人の神官団が静かに続き、その歩みは、王都をも緊張に包む。


「セラフィエル様……本当に、この地に降臨なされたのか……?」


 彼の瞳は、どこまでも澄んでいた。


 そして、筆の家 王都支店。


「え、なに? 今の話、枢機卿が王都に到着?!」


 フィナが手にしていた野菜を取り落とし、モモが「ふえっ!?」と声を上げる。


「リュウさん、大変だよぉ……!」


 厨房亭ではミランダが慌てて告げる。


「このままじゃ、筆の家が調査対象になるかもしれないよ!」


 リュウは、どこか遠い目をしていた。


「おれ、またスローライフから離れてくなぁ……」


 ルナが肩を叩きながら、笑って言う。


「がんばりぃ。セラ様の胃袋、うちらががっちり掴んどるけん!」


 セラ様、宙庭で無限おにぎり&将棋ループ中。


 筆の家

 ただいま、最大の“神のもてなし”に挑んでおります。



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