リラーナ・ルキシスは、王都の北部に位置する高台から城下を見下ろしていた。遠くには壮麗な王城の尖塔がそびえ立ち、まばらに浮かぶ雲が黄金色に染まる夕焼けに溶け込んでいる。夕刻の王都は賑やかで、様々な商人や旅人が行き交う喧噪がかすかに響いてきた。
その美しい光景を眺めながらも、リラーナの心は晴れなかった。彼女はルキシス公爵家の令嬢として生まれ、“星降り家”の異名を持つ一族の血を引いていた。ルキシス家は古来より王家の占星術を司り、天体の運行を読み解くことで、王国の行く末を占い、幾度も危機から救ってきた由緒ある家柄だ。
しかし、リラーナは生まれつき魔力が極めて弱く、「星の加護を授かった一族でありながら、不出来な娘」と周囲から揶揄され続けていた。歴代当主や兄姉たちは天文学や星読みに秀で、国王や貴族たちから一目置かれていたのに対し、リラーナだけは幼い頃から何をやらせても大成せず、期待はずれだと言われてきたのだ。
そんな彼女にも、唯一誇りに思える出来事があった。第一王子セイラン・エリュシオンとの婚約である。幼少期に王宮へ訪れた際、占星台でうずくまっているリラーナに優しく声をかけてくれたのがセイランだった。その時はまだ幼かった彼らだが、「いずれ、ぼくがお前を妃に迎える」という一言が仮約束となり、のちに正式な婚約として結ばれたのだ。
だが、その婚約が今日をもって終わろうとしている――その事実に、リラーナは胸の奥に重たい疼きを感じていた。彼女が王城へと向かう石畳の道は、今までの人生を振り返るにはあまりにも冷え冷えとしている。夕暮れに伸びる彼女の影さえ、まるで孤独を象徴するかのように長く伸びていた。
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婚約破棄の宣告
王城の大広間は、煌びやかな装飾で彩られていた。漆黒の柱には金箔が散りばめられ、天井には豪奢なシャンデリアが吊り下げられている。普段なら王族や貴族たちが優雅に会話を交わす場であるが、このときは少し緊張した空気が漂っていた。
リラーナが重厚な扉を押し開けたとき、中にはセイラン・エリュシオンとその取り巻きたち、そしてリラーナの両親であるルキシス公爵夫妻が顔を揃えていた。視線が一斉に彼女へと注がれる。その場にいた誰もが、何か重大な事態を予感しているかのように口数少なく、張り詰めた沈黙が支配していた。
リラーナは息を整えながら、セイランのもとへ静かに歩み寄る。セイランは漆黒の髪を後ろで束ね、端正な顔立ちをした優雅な青年だ。かつては優しい笑みを絶やさなかった彼だが、今はどこか冷たい光を宿した瞳でリラーナを見つめていた。
そして、リラーナの隣には、金髪を艶やかに揺らしながら勝ち誇ったような笑みを浮かべる女性――侯爵令嬢カトリーナ・フォルセルが控えている。彼女は王宮の女官長に従事しつつも、美しさと華やかさ、さらに強力な魔力を兼ね備え、多くの貴族から注目を集める存在だった。そのカトリーナが、いかにも高慢そうにリラーナを見下ろしている。
リラーナはすでに、婚約破棄の話を耳にしていた。いかにして言葉を受け止めるべきか、何度も考えた末に――最終的には受け止めるしかないという結論に達したのだ。セイランは婚約解消の書類を手にして、冷静な口調で言い放つ。
「リラーナ・ルキシス。お前との婚約は、本日をもって無効とする」
その言葉が大広間に響いた瞬間、リラーナはまるで自分が薄氷の上を歩いているような感覚に襲われた。頭の奥がじんと痛み、胸の奥が締め付けられる。父も母も、悲痛な面持ちで俯いているが、セイランの決定に逆らう意思はないようだった。
セイランは続けて言葉を投げつける。
「星降り家の血を継ぐ者としての資質を、お前はまるで示してこなかった。星の加護を得ているのかも不明で、魔力も乏しい。王妃として王国を支えるには、あまりにも不適合だ。それに比べて、カトリーナは輝かしい魔力と才覚を持っている。私には、彼女こそが相応しい」
その傍らで、カトリーナが薄く笑みを浮かべる。その表情は、まるで勝利者の余裕を感じさせるものだった。リラーナは悔しさに唇を噛むが、言い返す気力すら湧いてこない。
カトリーナはリラーナに視線を向けると、嘲るような口調で付け加える。
「これも国のためですわ。リラーナ様のように何もできない方を王家に迎えるなんて、王都中の笑い者ですもの。ご自分でもわかっていらっしゃるでしょう? 退くのが一番よ」
その瞬間、リラーナの胸の奥に押し込められていた感情が沸き立った。何か言い返したい。こんな形で人生の大切な約束を踏みにじられるなんてあんまりだ。だが、両親の視線を感じると、リラーナは衝動を堪えるしかなかった。ルキシス公爵家が王家に弓引くような真似をすれば、一族が窮地に陥る恐れがある。
リラーナは少しだけ首を横に振り、黙って目を伏せる。その沈黙こそが、彼女にできる唯一の抵抗のような気がした。セイランはその態度を見て「やはりお前には意志も気骨もないのだな」と言わんばかりにため息をつき、用意していた婚約破棄の証書を差し出す。
「これにサインしろ。そうすれば、お前は星降り家から“も”離れられる。リラーナ、いや、今後はルキシス公爵家の名も背負わなくていい。望んだ通りに、生きたいように生きればいいのだ」
その言葉は表面上“自由”を与えるようにも聞こえたが、実際は“追放”以外の何物でもないと、リラーナにははっきりわかった。貴族社会からの切り捨て、そして王宮からの追放――セイランの言葉が示す未来は、彼女のこれまで培ってきた全てを否定するものだった。
それでも、リラーナはがくがくと震える手を何とか抑えつつ、証書にサインをする。自分がどれだけ反抗しても、この状況は変えられない。セイランとカトリーナの組み合わせは、もう既定路線として進んでいるのだ。
サインを終えたリラーナに、セイランは「これでお前は自由の身だ」という言葉を投げかけるが、その声にはほんのわずかな憐憫すら感じられない。父も母も、まるで沈黙の誓いを立てたかのように、ただ彼女を見つめるだけだった。
こうして、リラーナは第一王子との婚約を破棄され、さらには星降り家からも事実上の追放を言い渡されたのである。
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静かな夜の旅立ち
夕刻の一件から数時間が経ち、王城の周囲は闇に包まれはじめていた。辺りを照らすのは街灯と、夜空に星々がまたたく光だけ。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った王都の通りを、リラーナは一人歩いていた。
もうルキシス家に帰るつもりはなかった。彼女の部屋は広く贅沢でありながら、そこに愛着はほとんど感じられなかったのだ。幼い頃から冷淡な待遇を受け、自室に閉じこもる日々が多かったせいかもしれない。
だが、あの家で育った思い出すら手放すとなると、一抹の寂しさが胸を刺す。と同時に、これが新しい人生の一歩だという気持ちも湧き上がってくる。婚約破棄がなければ彼女は生涯、セイランの妃になることを義務付けられ、その陰に隠れて生きるしかなかっただろう。そこに本当の幸福はなかったはずだ――と考えることで、わずかに救われる気がした。
リラーナは王都の外れにある宿屋へ向かい、一泊分の宿代を支払って小さな部屋を借りた。荷物は最低限で、クローゼットに収まるほどしか持っていない。何から何まで、すべてを捨てたかのような出立ちである。
その夜、彼女は窓辺に腰掛け、夜空を見上げながら思考を巡らせた。夜風が頬を撫で、微かな冷たさを運んでくる。星降り家として育ったからか、彼女にとって星空はいつも近い存在だった。今宵の空にはまばゆい星々が輝き、まるで彼女に何かを伝えようとしているかのようだ。
リラーナはそっと目を閉じ、胸の奥に揺れる感情を感じ取ろうとした。幼い頃には、星々の光を浴びながら不思議な声を聞いたことがある。あれが本当に星々の囁きだったのか、あるいは幼心の空想だったのか、今となってははっきりしない。
しかし、その静寂の中で、彼女はかすかに温かな何かを感じた。怒りや悲しみといった負の感情からは少しだけ遠ざかる、不思議な優しさを含んだ気配。それはまるで、これからの彼女の道を案じ、そして祝福しているようにも思えた。
そのまま窓辺にもたれ、リラーナは眠りについた。
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辺境の地へ向かう馬車
翌朝、リラーナは宿を発ち、王都の城門前に集まる馬車を探した。とにかく、王都から遠く離れた場所へ行きたい。その衝動だけが彼女を突き動かしていた。行き先を決めるにあたって具体的な目的はなかったが、最終的に選んだのは南方の辺境地帯へ向かう乗合馬車だった。
辺境地帯は作物の育ちが悪く、魔物の侵攻も少なくはないため、貴族や裕福な者は滅多に足を踏み入れない場所だ。観光地のような華やかさもなく、開拓民や小さな村が点在するだけ。だが、その不便さゆえに王都のしがらみから逃れるにはうってつけだった。
「リラという名でお願いします」
馬車の御者にそう伝え、わずかな旅費を支払う。すでに公爵家の名で呼ばれたくはなかった。リラーナはそう自分を呼ぶことで、過去の名残を少しでも消し去りたかったのだ。
乗合馬車には商人風の男性や、小さな子どもを連れた女性などが乗っていたが、リラーナはほとんど言葉を交わさなかった。余計な詮索をされるのが怖かったし、自分から話しかけたい気持ちも起きなかった。
馬車は朝のうちに王都を出ると、ゆっくりとしたペースで街道を南下し始める。途中でいくつかの町や集落に立ち寄りながら数日かけて進む予定だ。車窓から見える風景は次第に寂れていき、王都近郊の整備された畑や商店街の活気は徐々に姿を消していった。
その道中、リラーナはまばらに咲いている野の花や、遠くに見える山々にかかる雲をぼんやり眺めるばかりだった。孤独感が胸を満たしていたが、妙に居心地の悪さはなかった。王都の華やかさと比べれば、野の花のほうがずっと等身大で、息苦しさを感じさせない。
やがて何度かの宿泊を経て、一行は小高い山を越えた。その向こう側には、小さな村が点在する地域が広がっている。御者によれば、この辺りで馬車を降りるならば適当な村まで送ってくれるし、もっと遠くへ行きたいならさらに先まで乗り続けても構わないという話だった。
リラーナはふと、馬車の窓越しに見えた村に目を留める。荒涼とした土地に申し訳程度の畑が広がり、家々は素朴ながらも煙突から細い煙が上がっている。道を歩く村人たちは旅人を見かけると手を振ってくる。
その光景に、リラーナの胸は少しだけ温かくなった。ここならば、誰も自分の過去を知らないかもしれない。元公爵令嬢だなんてどうでもいい、ただのリラという一人の人間として受け入れてもらえるかもしれない――そんな期待が芽生えたのだ。
「ここで、降ります」
リラーナは御者にそう告げ、荷物を手に取り馬車を降りた。
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荒れ地の村で
村に降り立ったリラーナを、最初に出迎えたのは年配の女性だった。腰に手を当てながら、にこやかな笑みをこちらに向けてくる。
「旅人さん、こんな田舎へようこそ。馬車が通るなんて滅多にないから、少し驚いてしまったわ。お宿を探してるのかしら?」
リラーナは女性に一礼して答える。
「ええ、もし良ければ、しばらく滞在できる場所をお借りしたいのですが……。ここに長く住んでいるわけではないので、なるべく迷惑にならないようにしたいと思っています」
年配の女性は「そんな堅苦しくしなくても大丈夫よ」と笑い、村の宿屋を教えてくれた。この村には質素な宿屋が一軒あるだけだが、村人同士が助け合って暮らしているため、よそ者にも比較的寛容らしい。
リラーナは教えられた宿屋に行き、身元を聞かれたときには「リラという旅人です。行く宛がなくて……」とだけ伝えた。宿の主は怪訝そうな顔をしたが、特に強く詮索はしてこなかった。この村を訪れる者など、そう多くないのだ。
翌日から、リラーナは村での生活を始めることになった。宿屋代を払い続ける余裕はないので、少しでもお金を節約するために、宿の手伝いをしながら部屋を借りるという形だ。王都での暮らしとは打って変わって、家事や洗濯、掃除などに追われる毎日が始まる。
しかし、リラーナ自身にはなぜか不思議な充実感があった。貴族としての飾り立てられた生活より、ここで汗水を流しながら働く日々のほうが、自分がちゃんと地面に足をつけて生きていると感じられたのだ。誰も自分を「公爵家の娘」や「婚約破棄された令嬢」などと呼ぶことはない。
最初は慣れない作業で戸惑うことも多かったが、村の人々は思いのほか優しかった。小さな子供たちが「お姉ちゃん! それどうするの?」と寄ってきては手伝おうとしてくれたり、困っていると近所の人がアドバイスをくれたりする。決して裕福な村ではないが、人々の温かな心遣いがリラーナを少しずつ癒していった。
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星の加護を感じる夜
村での生活にも少し馴染んできた頃、リラーナは夜になると時々、村外れの丘へと出かけるようになった。そこは木々がまばらに生い茂るだけで、人の気配はほとんどない。代わりに、開けた視界の先には雄大な夜空が一面に広がっていた。
王都の華やかな明かりから遠く離れたこの場所では、星々の輝きが一層際立って見える。大陸の端から端までかかるような天の川がはっきりと見え、その無数の星々がまるで光の海を作り上げているかのようだった。
リラーナは草の上に座り、夜風に身を預けながら星空を見上げる。その時だけは、王都での婚約破棄や追放といった嫌な記憶を忘れられるように思えた。
ふと、彼女は胸の奥に眠る何かが微かに震えているのを感じた。かつて自分が「星々の声を聞いた」と言って父母に話したとき、彼らは真剣に取り合ってはくれなかった。それどころか、魔力が弱いくせに余計なことばかり言う、と諫められたのを覚えている。
しかし、こうして静かな夜の闇に包まれていると、たしかに星々が囁くように感じられるのだ。体が温かい光で満たされていくような、不思議な感覚がある。もしこれが“星降り家”に受け継がれる本来の力だとしたら、どうすれば上手く扱えるのだろう。
リラーナは過去の自分を振り返ってみた。幼少期には占星術や星読みに挑戦してみたものの、どれもうまくいかなかった。それは魔力が弱いからではなく、もっと別の理由があったのではないか――そんな仮説が頭をよぎる。
たとえば、“星降り家”が伝統的に培ってきた知識や方法とは別のアプローチで、星々の力に触れる手段があるのかもしれない。現に、今のリラーナは王都を離れ、貴族としての肩書を捨てて初めて、ここまで星を身近に感じている。
まるで、自分を縛っていた鎖が解き放たれたからこそ、本当の意味で星の声を聞けるようになったのではないか――そう思うと、ほんの少しだけ胸が高鳴った。かといって、どうやってその力を使えばいいのかはまるで見当もつかない。それでも、何か大きな可能性の片鱗を感じるだけで、リラーナの心は希望に満ち始めるのだ。
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生活の変化と村人たちの思い
村の暮らしは決して楽とはいえない。土地は痩せていて、畑作は苦労が絶えない。川からの水路も細く、雨が少ない年には作物が育たず餓えに苦しむこともあるという。
リラーナがやってきたこの年は、ちょうど天候不順が続いていた。春先に雨がほとんど降らず、夏に入っても日照りが続いたため、畑の作物は例年よりも出来が悪いらしい。村人たちは「これ以上はどうしようもない」と嘆きながらも、毎日汗を流して畑を耕していた。
そんな中、リラーナは宿屋の手伝いの合間をぬって、畑作業に少しだけ加わるようになった。家事にしても畑作業にしても、王都での生活とはまるで違う世界だ。初めこそ道具の使い方から教わる必要があったが、彼女は不器用なりに熱心に取り組んでいた。
ある日のこと、リラーナは畑の脇で息をつき、麦わら帽子を外して汗を拭った。すると、近くにいたおばさんが声をかけてくる。
「リラさん、お疲れ様だよ。こんな何もない村での暮らし、大丈夫かい? 王都に比べればずいぶん不便でしょう」
リラーナは少し考えた後、素直な笑顔を浮かべながら答えた。
「いえ、私はこういう暮らし、案外好きなんです。何もないというよりも、必要なものがちゃんとある。皆さんが助け合って生きているってすごく温かいです」
おばさんはしばらく驚いたような顔をしていたが、やがて嬉しそうに微笑む。
「そう言ってもらえるとありがたいわ。この村は豊かじゃないけど、人情だけはたっぷりあるからね。いつまでいるかはわからないけど、ゆっくりしていくといいよ」
このやり取りがあったあと、リラーナは村の人たちに少しずつ溶け込んでいく。宿屋の手伝いだけでなく、農作業や家畜の世話を手伝わせてもらうこともしばしばだった。働いた分だけ食糧を分けてもらい、宿代が足りないときは野菜や雑穀で帳消しにしてくれる。そんな助け合いが当たり前のこぢんまりとした村の暮らしは、リラーナにとって新鮮であり、心の奥底に染み渡る安心感があった。
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不穏な噂と背後に迫る影
とはいえ、まったく問題がないわけではなかった。ある日、買い出しに出ていた宿屋の主人が帰ってきて、村の広場で仲間たちにこんな噂を話していた。
「王都でな、第一王子様が新しい婚約者を発表したんだと。カトリーナ・フォルセルという、魔力の高い美しい令嬢だってさ。いやぁ、もともと噂になってたし、今さら驚きもしないけどな」
その話を耳にしたリラーナは、一瞬だけ胸がざわめいた。あれほど世話になった王都はもう関係ない、セイランもカトリーナも過去の存在――わかっていても、どこか胸が痛むのを止められない。
しかし、問題はその次の言葉だった。
「そんでな、妙な噂も耳にした。なんでも、星降り家の令嬢が“追放”されて、今は行方不明らしいんだわ。王都には戻らないようだけど、あちこちで噂になってるらしくてな。王家の秘密に関わる事情があるとか、あらぬ憶測も飛び交っているらしい。いやはや、世間ってのは怖いね」
周りの村人たちは「ふーん」とあまり興味がなさそうに聞いていたが、リラーナの心臓は高鳴った。ルキシス公爵家の娘、つまり自分のことに他ならない。しかし、誰もがまさか目の前にいる“リラ”こそがその令嬢だとは想像もしないだろう。
とはいえ、この噂はいつか自分の身元が露見する前触れなのかもしれない。セイランたちが追っ手を差し向けないとも限らないし、カトリーナが何か画策している可能性だってある。それを考えると、少しばかりの安心に浸っている場合ではないと、リラーナは身を引き締めざるを得なかった。
それでも、今の彼女には逃げ道がない。王都へ戻るつもりはないし、この村を去ったところで行く当てもない。だったら、ここで腹をくくるしかない――リラーナはそう決意を新たにする。
夜になると、彼女はいつものように村外れの丘へ足を運んだ。星々が静かに瞬いている。あの輝きには昔から、リラーナの知らない深遠な力が眠っているように思えてならない。
リラーナはそっと目を閉じ、心の中で問いかける。「私はどうすればいい? どんな道を選べばいいの?」 すると、気のせいかもしれないが、どこか遠くから柔らかな声が聞こえたような気がした。まるで大勢の星々が囁き合うように、微かに、けれど力強く――。
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追放からの始まり
かくして、リラーナは名門貴族の令嬢から一転して、ただの旅人“リラ”として辺境の村で新生活を始めることになった。婚約破棄と追放という悲劇的な出来事は、彼女の人生を大きく変えた。しかし、同時にリラーナにとってこれは、真に自分を解放し、新たな可能性を探るための第一歩でもあったのだ。
星降り家としての誇りや、第一王子の妃になるという将来を捨てたことを嘆く一方で、どこか胸の奥で湧き上がる感情もある。それは、未知への期待や、これまで自分を縛っていた因習からの解放感。
けれど、リラーナの追放はまだ“序章”にすぎない。彼女の持つ力――星々の囁きを聞き、その加護を受ける才能は、まだ完全に花開いていない。王都では目立たなかった小さな光が、辺境の地でどのように宿り、成長していくのか。そして、それがどのような運命をもたらすのかは、まだ誰も知らない。
だが、一つだけはっきりと言えることがある。リラーナはもう過去に縛られた存在ではないということ。星の声が示す新たな道を歩み出す準備が、徐々に整いつつあった。
これから訪れる試練や苦難の先に、リラーナは何を見いだすのか。かつての婚約者セイランは彼女をどう扱おうとするのか。そして、彼女が出会う運命の相手は一体どのような人物なのか――すべては、星々が導く未来の中に隠されている。
そう、これは追放された令嬢が“本当の自分”を見いだし、新たな絆や愛、そして幸せを掴むまでの物語。
王都の煌びやかさとは無縁の小さな村の夜空の下、リラーナの物語は静かに、そして確かに動き始めていた。