王都から送り込まれた私兵団が、この辺境の村を強引に調べ回っていた。表向きは「王命による捜索」と称しているが、そのやり方は高圧的で、どこか不穏な気配を漂わせている。彼らの狙いは明白だった。
一つは、星降り家の行方不明となった令嬢――つまりリラーナの身柄。もう一つは、アストリアが発見し、リラーナとともに秘かに研究を進めていた古代の石版である。
もし石版が王都の権力者たちの手に渡れば、星の力が思わぬ形で悪用されるかもしれない。リラーナもアストリアも、ここで奪われてはならないと強く感じていた。さらに、村に被害が及ぶ可能性も大きい。実際、王都の私兵たちは村人に辛く当たり、容赦なく「隠しごとはないか」と詰問しているのだ。
そんな中、リラーナは自分自身の正体――ルキシス公爵家出身であること、星降り家の力を宿す存在であること――を宿屋の主人や村長、そしてアストリアに打ち明けていた。皆は驚きながらも温かく受け止め、リラーナを守り、村の安全を守るため力を尽くしてくれている。とりあえず私兵団の捜索をかいくぐるため、リラーナは表に出ず物陰に身を隠すしかなかった。
しかし、それも長くは続かないだろう。捜索が執拗になればいずれ居所は突き止められる。王都の暗い陰謀と対峙しない限り、いつまでも逃げ回る生活を続けることはできなかった。
「――私、逃げたくない」
そう決意したのは、王都の私兵たちが村の中ほどにある広場を占拠し、「今夜までに星降り家の令嬢を差し出さなければ、村を焼き払う」という暴挙にも等しい脅しを放ったときだった。
悲鳴や怒号に包まれる村を、リラーナは宿の窓から覗き込む。アストリアが隣で肩を貸し、「無茶をしないで」と抑え込もうとするが、リラーナは瞳を固く閉じたあと、静かに首を振った。
「わたし……もう決めたの。ここでじっとしていたら、きっとこの村の人たちが巻き込まれてしまう。私が追放されて隠れるたびに、周りの人が傷つくなんて嫌。それに、今ならきっと、星降り家の力を使って――この状況を変えられる気がするの」
胸の奥に宿る温かい力が、先日までよりはっきりと感じられる。火事のとき、崖崩れのとき、リラーナは星々の力で奇跡を起こした。今度こそ自分が前に出る番だと、星降り家の血が告げているように思えた。
アストリアも真剣な表情で頷く。
「わかりました。……けど、一人で行かないでください。僕は研究者として星の力を学んできたし、あの石版の扱いには多少の自信があります。あなたを守るために、僕も一緒に戦います」
「ありがとう、アストリアさん。でも気をつけて。相手はただのならず者じゃない。王都の命令を背に、なんでもやりかねない人たちよ」
アストリアは深く息をつき、そっとリラーナの手を取った。その手から伝わる体温は、リラーナの不安を和らげてくれる。遠くから聞こえる私兵たちの怒声を耳にしながら、二人は固い決意を胸に、宿の奥に保管してある石版へと向かった。
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星降り家の力、石版の覚醒
宿の物置部屋には、例の石版が厳重に布で覆われて収められている。アストリアが書物を手に取りながら説明する。
「石版には、星降り家の古代儀式に使われた術式が封じられているようなんです。リラーナさんが触れると強く反応するのは、あなたの血が星降り家の正統だからでしょう。王都側がこれを狙うのは、星の加護を利用して王権を揺るぎないものにしようという魂胆があるのだと思います」
「でも、わたしがきちんと扱えるかはわからない。発動すれば、どんな力が出るのかすら……」
「大丈夫、リラーナさん。あなたはもう、あの日あの場所で、星の力を呼び起こしたじゃないですか。あの奇跡は偶然なんかじゃない。ちゃんと意志を持って星々は応えてくれた。それに、今のあなたは一人じゃない」
アストリアの言葉にリラーナは頷き、そっと布を外す。石版は前にも増して淡く輝いていた。古い文字が刻まれた面からは温かな気配が流れ出し、リラーナの胸に直接訴えかけてくるようだ。
息をのんで手のひらをかざすと、石版の光が一層強まる。星々のささやきが聴こえる――そう感じた瞬間、リラーナの頭の奥がジンと痛み、一瞬のめまいが襲った。けれど、不思議と恐怖はない。むしろ懐かしくも優しい響きが、彼女の全身を包み込んでいく。
「リラーナ・ルキシス――星々の加護をその身に宿す娘よ」
まるで古代からのメッセージが直接心に届くように、誰かの声が震えるほど澄んだ響きで聞こえる。彼女は思わず目を閉じ、心の奥底へと意識を沈めた。
すると、闇の中に数多の星が瞬き始める。火事の日、崖崩れの日、ほんのわずかな時間しか視えなかった光景が、今ははっきりと形を成す。星々が交わり、きらめく軌跡を描きながら、リラーナの体内へ吸い込まれてくる感覚がある。
「……これが、星降り家の……わたしの力……!」
目を見開くと、アストリアがこちらを見つめていた。その瞳には驚きと感嘆が混ざり合っているようだ。リラーナの両手は淡い星光を帯び、まるで宵の空のように透き通った輝きを放っている。石版から流れ込んだ星の力が、彼女の存在を完全に覚醒させつつあったのだ。
アストリアは息を呑むようにして、それから力強い笑みを浮かべた。
「リラーナさん……すごい。本当に星たちがあなたに力を与えている。これなら……いえ、あなたならきっとできるはずです」
「うん。わたし、やってみる。村を守るために……自分の誇りを取り戻すために」
リラーナが石版を抱きかかえるように持ち上げると、その光は部屋いっぱいに広がり始めた。まるで自身が新たな器を得たことを喜ぶかのように、石版そのものが振動し、小さな風さえ巻き起こす。
「さあ、行こう」
そう呟いたリラーナはアストリアに向き直る。外では私兵たちの怒声が絶えず、今にも村が蹂躙されかねない。逃げずに迎え撃つ――その覚悟だけが、今のリラーナの背中を押していた。
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対峙:王都の私兵団と初の衝突
宿を出ると、すぐに私兵団の視線がこちらに向いた。星降り家の令嬢と石版を一目で確認したのか、先頭に立つ男が口元を歪めて笑う。
「ほう、ようやく姿を現したか。貴様が星降り家の娘だな? さっさとその石版を渡せ。それから我々と一緒に王都へ来るがいい。そうすれば、この村を焼く必要もなくなるぞ」
周囲の村人たちは苦渋の表情を浮かべながら、どうすることもできず立ち尽くしている。多くは武器など持っておらず、私兵団の装備や魔術への対抗手段などないのだ。
だがリラーナは、石版を抱える腕の震えを抑え、まっすぐに男を見返した。
「……嫌です。あなた方に従うつもりはありません。わたしはもう、星降り家の名だけを背負う操り人形ではない。この村を守るため、ここに残ります」
先頭の男は鼻で笑い、手を振り下ろした。合図とともに武装した兵士たちがリラーナとアストリアを取り囲む。斬りかかる者や魔術を構える者もいるが、リラーナは後ずさることなく両手を広げる。
身体の奥から――いや、まるで天上から流れ込むような星のエネルギーが、自分を強く支えてくれている。
「星よ、わたしに力を貸して!」
声とともに、リラーナの手から淡い光が放たれる。まるで星の欠片を撒き散らすような一瞬の閃光が、迫り来る兵士たちを弾き飛ばし、彼らは苦悶の声を上げて地面に転がった。強烈な攻撃というよりは、星の波動によって体勢を崩したような形だが、それでも十分に衝撃を与えられている。
「くっ……何だ、この力は。魔力とは違う……!」
兵士たちは狼狽を隠せない。星降り家の力は、彼らが知る一般的な魔法と系統が異なるため、防御のための魔術障壁が通じにくいのだ。
リラーナも初めての実戦に近い状況で戸惑いがあるものの、後ろに控えるアストリアが「落ち着いて、星の流れをイメージして」と声をかけてくれる。石版も淡い振動を伝え、「ここにいる」という存在感を示していた。
だが、私兵団のリーダー格の男は怯むことなく杖を取り出すと、低く呪文を唱え始めた。すぐ後ろに控えていた女魔術師らしき者も同調し、黒いオーラのようなものが周囲に広がっていく。
「へっ、これでも喰らえ!」
男が杖を振ると、空気が重く振動し、不吉な気配が生まれる。濁った雷光のような攻撃魔法がリラーナたちに迫った。しかし――
「……星の盾よ」
リラーナがそっと腕をかざし、心の中で星々と一瞬対話するように祈る。すると、柔らかな光の壁が目の前に展開され、黒い雷光を吸い込むようにかき消した。兵士たちから悲鳴が上がり、女魔術師は狼狽する。
「こんなバカな……私の魔術が通じないなんて……」
人々が唖然とする中、星の力をまとったリラーナは一歩前に進み、再び両手を掲げる。まるで夜空の星々が地上に降り注ぐかのように、きらめく粉雪のような光が広場全体に舞い降り始めた。
それは攻撃のための力ではなく、空間を浄化し鎮めるための“星の癒やし”だった。何人かの兵士は苦痛の声を上げながらも武器を落とし、戦意を失ってその場に崩れ落ちる。
リーダー格の男は悔しそうに歯ぎしりしながら、後ろに控えていた別の兵士に目配せをした。すると、そいつは村人たちを盾に取ろうと駆け出していく――!
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選択:村人を守るか、抗うか
「やめて!」
リラーナは悲鳴にも似た声を上げる。私兵団の一人が、村人の中から幼い子どもを掴み、刃を突きつけたのだ。
「な、なんて卑怯な……!」
アストリアも怒りに声を震わせるが、相手は構わず嘲笑を浮かべる。
「フン、星降り家がいかに強大な力を持っていようと、所詮は生身。人質を取られてはどうすることもできまい。さあ、石版を渡せ! さもなくばこのガキの命はないぞ」
村人たちが悲鳴を上げ、広場のあちこちから「やめてくれ!」と懇願の声が響く。リラーナの両手はまだ淡い星光を帯びているが、この状況で不用意に力を発動すれば、子どもが巻き添えになるかもしれない。
「くっ……」
追いつめられたリラーナは、石版を抱いたまま、必死に頭を回転させた。どうすれば子どもを救いつつ、私兵団を止められるのか。星降り家の力が万能だとは限らない。力任せに攻撃してしまえば、相手もやけになって子どもを傷つける可能性が高い。
そのとき、ふいにアストリアが小声で呼びかける。
「リラーナさん、僕に任せてください。あなたは星の力で、相手の注意を引いて。僕が子どもを救い出します」
「でも、危険よ!」
「大丈夫。調査のためとはいえ、僕もずいぶん冒険者まがいの経験をしてきました。そっちの岩陰に回り込みます。合図をしたら、星の光で兵士の動きを封じてください」
リラーナは不安そうに唇を噛むが、状況は一刻を争う。首を縦に振ると、アストリアは素早く身をかがめ、兵士たちの死角をとるように岩や荷車の陰へと回り込んでいった。
一方リラーナは兵士たちを引きつけるように、石版を高々と掲げる。そして、少し大げさに星光を広場中に散らしながら、私兵団のリーダー格の男へ向かって叫んだ。
「石版を手に入れるつもりなら、もっと正々堂々と来なさい! 貴方たちの卑怯なやり方なんかに、星の力を明け渡すわけにはいかないわ!」
挑発に乗るように、リーダー格の男は拳を握りしめて怒鳴った。
「ええい黙れ、貴様などが王都に刃向かうとは何たる愚かさか! 下民どもがどうなってもいいのか! さっさと石版を渡せ!」
ひりつく空気の中、子どもを人質にとった兵士の視線がリラーナへ集中する。上手くいけば、ほんの一瞬の隙が生まれるはず――。
その瞬間、「リラーナさん、今だ!」とアストリアの声が聞こえた。リラーナはためらいなく両手をかざし、星々に向かって祈るように目を閉じる。すると、まばゆいばかりの光の粒が一気に渦を巻き、私兵団を包み込んだ。
「くっ……目が、目がッ!」
多くの兵士が視界を奪われ、まごついている。リーダー格の男も杖を振り回すが、目がくらんで上手く魔術を行使できない。人質を取った兵士も例外ではなく、思わず顔をそむけ、持っていた刃を傾かせてしまう――。
その刹那、岩陰から飛び出したアストリアが一気に兵士の懐へ飛び込み、子どもを抱きかかえるようにして引き離した。兵士は焦って剣を振り回そうとするが、アストリアは素早い身のこなしでそれを避け、子どもを安全な場所へ逃がす。
「リラーナさん、成功です!」
アストリアの叫びを聞いて、リラーナはほっと胸をなで下ろす。人質は解放された――あとは、この私兵たちをどうするかだ。
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降り注ぐ星々の裁き
子どもが無事に離れたのを見届けた瞬間、リラーナは石版を再び高く掲げ、最後の賭けに出る。星降り家に伝わる伝承――“星祓い”の儀。その正確なやり方は分からずとも、古い文献に記された一節を思い出せば、おおよそのイメージは掴める。
これは悪しき者を払う星の裁き。大地を裂くような破壊力ではないが、相手の邪なる魔力や行動を一時的に封じ、星の光で闇を祓うと言われる秘術だ。リラーナは頭の中に星座のイメージを描き、体内を流れる星のエネルギーを結集させた。
「……星よ、闇を穿て。わたしに力を――“星祓い”!」
透き通るような彼女の声に呼応して、夜空のような闇が一瞬現れ、そこへ無数の星が流れ落ちるような幻影が広場を覆う。地上にいる私兵たちはひとり、またひとりと光の包囲に囚われ、動きを封じられていく。
リーダー格の男は必死に抵抗し、魔術師も呪文で星の光をはねのけようとするが、星降り家の力は強大だ。闇の魔力はどんどん剥がされ、ついには杖を握りしめたまま膝を突いてしまう。
広場には静寂が訪れた。星の輝きはまだ宙を舞っていたが、私兵たちは誰もが力を失い、その場にうなだれている。リラーナは大きく息をつき、石版を抱えなおすと、疲れ切った体を叱咤するように立ち上がった。
「王都に……私の意思を伝えてください。もうわたしは、“追放された娘”ではなく、この地の人間として生きることを選んだ。星の力は、貴方たちや誰か一人の欲望のためにあるんじゃない。困っている人たちを助けるためにこそあるんです」
その言葉に応える者はない。私兵たちは立ち上がることさえできず、悔しそうに顔を伏せるばかりだ。
すると、アストリアが上着の端で汗を拭いながら近寄り、静かに告げた。
「皆さんには、帰っていただきましょう。そして、あなたたちの主君――王都にいる方々に伝えてください。星降り家の令嬢は、もう二度とその手に戻らない、とね」
村人たちは呆然としながらも、やがて歓声を上げ始める。人質に取られていた子どもが母親のもとへ駆け寄り、アストリアやリラーナに感謝の言葉を叫ぶ。
こうして私兵団は、まさに“完敗”を喫する形で退くしかなくなった。だが、この一件で王都が黙っているとは思えない。今後、もっと大掛かりな軍勢や、あのカトリーナたちが直接手を下してくる可能性が残る――リラーナはそう覚悟する。
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王都への帰還:婚約者との再会
私兵団が逃げ去った翌日、村の人々は恐怖から解放されつつも、このまま放っておけばまた別の追っ手がやって来るだろうと不安を募らせていた。そんな中、リラーナは決断をする。
「わたしが……王都へ行く。はっきり決着をつけなければ、村にはいつまでも危険が付きまとうわ」
星降り家の力を手にした今、もう王都の命令や貴族の威圧に怯え続ける必要はない。かといって、いつまでも村に籠もっていては、無関係な人々を巻き添えにしてしまう。自ら王都で決着をつけ、追放の汚名を晴らし、自分の意思を示すしかない――そう考えたのだ。
アストリアは危険を承知で「僕も一緒に行きます」と言ってくれる。元々、古代の天文や星降り家の伝承を追うために王都の文献も調べていた彼にとって、リラーナの戦いは他人事ではなかった。もう二度とリラーナを一人にはさせないという強い想いもある。
村長や宿屋の主人は「星の力を身につけたのだから、もう追放される理由などないはず」と応援してくれ、「どうか無事に帰ってきてほしい」と祈って送り出してくれた。村にとってリラーナはすでに大切な仲間だった。
こうして、リラーナとアストリアは王都へ向かう。古い書物に書かれている“星降りの儀”の一部を持ち出し、万が一のときの対策も考えながらの旅だ。道中、私兵団の残党が仕掛けてくるかもしれないが、リラーナの星の力とアストリアの実地経験で何とか切り抜けられるだろう。
数日かけて王都へ到着した二人を待ち受けていたのは、想像以上に大きな波紋だった。すでに「星降り家の娘が辺境で“目覚め”、王都の私兵団を撃退した」という噂が広まっていたのだ。
中には「彼女は魔女だ」「王国転覆を狙う危険な存在」といった誹謗中傷もあれば、「真の星降りが帰還した」「ルキシス家の再興か」と期待する声もある。王都の人々は半信半疑で、リラーナの存在を注目している――どちらにせよ、話題の的であることに変わりはない。
そんな彼女を待ち受けるのは、第一王子セイランと、彼の婚約者となったカトリーナ・フォルセルだった。王宮の奥深い謁見の間でリラーナを迎えた彼らは、明らかに緊張感をはらみながらも、高圧的な態度を崩さない。
セイランは玉座に座り、リラーナを見るなり苦々しげに目を細めた。
「お前か……久しいな。追放してやったというのに、よく戻って来れたものだ」
かつて婚約者だったはずの相手――だがリラーナの胸には、もう心を揺さぶる感情はほとんど残っていなかった。ただ、この場で己の正当性を証明し、村を脅かす存在を排除するためにここまで来たのだ。
すぐ隣に立つカトリーナは高笑いを浮かべながらリラーナを一瞥する。
「まあ、あれほど無能だったあなたが星の力に目覚めるなんて。笑い話としては面白いわね。でも残念。あなたは王都にも星の力にも必要とされなかった存在。追放を取り消すなど、そんな甘い話があると思う?」
その冷たい声に、リラーナはふっと微笑んだ。過去のように萎縮することはない。むしろ、強烈な“ざまぁ”の意思が胸に燃え上がっている。
「必要とされなかった? いいえ、あの辺境の村ではわたしが必要とされました。星の力を使って守ったからこそ、皆が支えてくれている。あの日あなたたちに見捨てられたからこそ、わたしは自分の生き方を見つけられたの」
「なっ……!」
カトリーナの笑顔が歪む。セイランも眉間に皺を寄せ、苛立たしげに椅子から立ち上がった。
「くだらない。星降り家の力を盾に、王都を侮るな! お前が戻ってきた以上、その力は王家が管理する。反抗するなら、辺境の村ごと滅ぼすまでだ」
その言葉にリラーナの瞳が鋭く光る。かつて彼を慕っていた頃の自分に告げてやりたい。――この男は、決して自分が大切にする人たちを守ってはくれない、と。
「セイラン様、今のわたしはもうあなたに従いません。そう、あなたの威光を借りなくても、わたしは星降り家として、わたし自身として歩む道を見つけたんですから」
「言わせておけば……!」
セイランが怒りを露わにし、背後の護衛兵たちが武器を構え始める。だが、そのとき朗々とした声が謁見の間に響き渡った。
「――お待ちください。あまりにも狭量ではありませんか、殿下」
現れたのは、ルキシス公爵夫妻……ではなく、彼らと近しい立場にある古参の宮廷魔導士や有力貴族の一団だった。星降り家の名を知る者たちが、リラーナの帰還と星の覚醒を聞きつけ、ここに駆けつけていたのだ。
彼らはリラーナを見て眼を見張る。かつて“何の才能もない”と烙印を押されていた娘が、今まさに星の力を放ち、辺境で英雄的な行いをしたと噂される――そんな“奇跡”を前に、心揺さぶられる者も少なくなかったようだ。
「リラーナ・ルキシス……お前が本当に星降り家の力を会得し、王国にもたらす利益があるのなら、むしろ称賛されるべきだ。なぜ殿下は追放などという処分を?」
一人の貴族がそう問いただすと、セイランは不快げに目を逸らす。カトリーナも舌打ちするように唇を曲げる。
そこにアストリアが進み出て、落ち着いた口調で言葉を続けた。
「この方はルキシス公爵家の正統な血筋を受け継ぎ、星の力を扱うことができる唯一無二の存在です。もし王都がこの力を正しく受け入れ、辺境の民や国全体のために協力を求めるなら、リラーナさんは応じるかもしれない。しかし、それを私的な権力や欲望に使おうとするなら、彼女は断固として拒否するでしょう」
アストリアの言葉に、貴族たちはざわめく。彼の背後には石版が光を放ち、リラーナをまるで後押しするかのように輝いていた。
セイランとカトリーナは激昂し、護衛兵に「こやつらを押さえ込め!」と命じる。だが、一部の貴族や騎士たちは動かない。むしろ、星降り家の正統として覚醒したリラーナを排除すれば、王家への支持が揺らぐと考える者もいるのだ。王都の意見は割れ始めている。
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ざまぁと新たな未来
混乱の中、リラーナは静かに息を吸い、王子とカトリーナを見据える。そして、まるで切り捨てるような冷たい言葉を発した。
「セイラン様、あなたの元婚約者として、一つだけ礼を言います。あなたに追放されたおかげで、わたしは大切なものを見つけられました。あなたの側にいては、きっと気づけなかった。……さようなら。わたしはもう、あなたとは何の関係もありません」
その言葉にセイランは顔を歪め、言い返そうとする。しかし、すでにリラーナの心からは彼への未練も敬意も消え去っていた。さらに、とどめを刺すように、アストリアがリラーナの手を取り、誓うように言う。
「リラーナさんは、僕が守ります。あなたは王都や貴族の都合なんかより、大切な仲間たち、そして星々を見つめられる自由な存在ですから」
カトリーナは唇を震わせ、「身の程を弁えなさい!」と叫ぶが、もはや彼女の声は空虚に響くだけ。古参の貴族や騎士たちの何割かは、リラーナに歩み寄り、頭を下げる。真の星降り家が帰還した事実を認め、彼女の協力を仰ごうとする者が出てきたからだ。
一方で、セイランやカトリーナを支持する強硬派もいるが、辺境での私兵団の暴走の報告などが同時多発的に浮上し、王都の評判はガタ落ちになる兆しがある。あの私兵団を送り出した責任は誰にあるのか――セイラン自身とカトリーナの暗躍が暴かれれば、王家といえどもただでは済むまい。
こうして、謁見の間は混乱のうちに幕を閉じた。リラーナは自らの意思で王都にとどまることなく、アストリアとともに村へ帰還する道を選ぶ。星降り家の力を必要とするなら、正しい形で支援を求めるべきだ――そう声を上げ、ある程度の貴族や騎士が同意を示した。いずれ近いうちに、王都から正式な協力依頼が届くかもしれないが、そのときはリラーナ自身が是非を判断することになるだろう。
追放ざまぁ――かつて自分を蔑んだ者たちに、リラーナは堂々とその力を示し、王宮で大きな軋轢を生んだ。セイランやカトリーナは、リラーナの星の力を支配しきれなかった事実が致命的な汚点として残り、王都の中で立場が危うくなる。上手くいけば彼らは失脚の憂き目を見るかもしれない。いずれにしても、王都の権力争いは自滅的に揺らいでいく運命だ。
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星々に誓う幸せ
王都を後にしたリラーナとアストリアは、長い道のりを経て再びあの辺境の村へ帰ってきた。村人たちは彼女を大歓迎し、「本当に無事でよかった!」と抱きしめ合って喜ぶ。私兵団の恐怖に怯えていた日々はすでに過ぎ去り、今は誰もが星の力を持つリラーナを頼りにし、心から信頼している。
リラーナは石版を村の小さな礼拝所に安置し、定期的に祈りを捧げる生活を始めた。灌漑や気象の安定を促す星の儀礼を行い、村を活性化させるための知識をアストリアと共有している。星々の導きがあれば、痩せた土地もいずれ少しずつ豊かになると、村長は信じて疑わない。
夜には、いつもの丘に登り、満天の星を眺めるのが日課となった。冷たい風が吹く秋の夜空は、無数の星の光で埋め尽くされている。その一つひとつが、まるでリラーナの歩んできた道を祝福しているようだった。
「リラーナさん、少しは落ち着けましたか?」
隣で腰を下ろすアストリアが優しく問いかける。リラーナは微笑みながら、「ええ、やっと、です」と応える。
婚約破棄された惨めさも、王都から追放された哀しみも、今はもう痛みを伴ってはいない。むしろ、あの一件があったからこそ、この村に辿り着き、アストリアや村の人々と出会えたのだ。
そして、これから先も王都の権力闘争に巻き込まれる可能性はあるが、もう彼女は逃げない。星降り家としての力を自覚し、必要とされるならば使いこなす覚悟がある。そして何より――自分の幸せは、自分で掴むものだと知った。
「ねえ、アストリアさん。わたしは本当に、ここにいていいのかな」
「もちろんですよ。ここがあなたの居場所です。星々だって、そう言ってると思いますよ」
そう言ってアストリアは、そっとリラーナの手を取り、静かな夜風に乗せて口づけを落とす。リラーナの頬が微かに赤らみ、胸が熱くなる。星の力よりも温かいものが、この手のぬくもりだと、改めて感じた。
「あなたと一緒に歩いていけるなら……きっと、どんな未来でも、わたしは怖くないわ」
そう呟いたとき、遠い夜空のどこかで星が瞬くのが見えた。流れ星かもしれない。それは、まるで新たな旅立ちを祝う合図だった。
王都での追放から始まったリラーナの物語は、辺境の村で大きく花開き、そして今また未来へと続いていく。星降り家としての力を手にしながらも、彼女は決して奢ることなく、共に生きる仲間たちを守るために歩み出す。
――星々に誓う幸せを胸に、リラーナはこれからも“自分の選んだ道”をまっすぐに進んでいくだろう。
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エピローグ:光を紡ぐ日々
あれから数か月。王都ではセイランとカトリーナの地位が急速に揺らぎ、私兵団の暴走や追放令嬢への扱いの不当性が糾弾されはじめたという。ルキシス公爵家も、表向きはリラーナとの縁を断っていたが、王家の強権による支配に疑問を持つ派閥との結びつきを強めつつあり、王都の派閥争いは混迷を深めているらしい。
そんな政局をよそに、リラーナは村での暮らしに忙殺される日々を送っていた。石版の研究を続けながら、灌漑用水や土壌の改良など、アストリアや村の人々と協力して少しずつ結果を出している。
辺境ゆえに苦しい環境は変わらないが、リラーナが星の力を通して天候や土の状態を占い、最適な作付け時期を助言することで、収穫量はわずかずつ増え始めた。祈りを捧げれば必ず雨が降るわけではないが、それでも星降り家が持つ“自然との対話”の力は、村人たちの不安を和らげる大きな要素になっている。
「リラーナさん、ここの畝の土をもう少し細かく砕くといいかもしれません。こっちは種を蒔いておきますね」
「ありがとう、アストリアさん。朝晩の冷え込みが早まってきたから、星々の巡りと合わせて考えると……ええと……」
畑仕事に精を出す二人。そこには、王都の絢爛豪華な舞踏会や社交界の姿はない。けれど、かつてのリラーナが夢見ていたどんなドレスや宝石よりも、彼女は今のこの“地に足をつけた日常”を気に入っていた。
村の人々と助け合い、星の光に導かれながら少しずつ繁栄へと歩む。どこに行っても「リラーナさん、アストリアさん」と声をかけられ、笑い合うことができる。そこには、王都の大理石の廊下では決して得られなかった温かさがあった。
夜が来れば、また丘へ出かけ、満天の星を眺める。リラーナは今でもときどき、星々の声を聞く。星々は何も直接言葉で導いてくれるわけではないけれど、胸の奥に眠る力が優しく共鳴し、「あなたの選択は間違っていない」と背中を押してくれる。
たとえ王都がどう変化しようと、セイランがどうなろうと、もう恐れることはない。必要であれば、星降り家の力をもって正々堂々と相対すればいいのだ。過去にはできなかったことが、今のリラーナにはできる。追放によって得た本当の居場所と、自分の力を信じてくれる仲間がいるからこそ――。
ふと夜風に吹かれ、リラーナは隣にいるアストリアの手を握る。いつの間にか、言葉を交わさなくてもお互いの心を感じ取れるようになっていた。優しい眼差しを交わす二人の頭上に、どこまでも広がる星空が輝いている。
「アストリアさん、ありがとう。わたしを見つけてくれて……」
「こちらこそ、リラーナさん。あなたが星を見つけてくれたおかげで、僕の研究は何倍も意味を持つようになりました。そして……あなたという人を大切に思えるようになった」
言葉を交わすたびに、切なさと喜びが混ざり合った感情が広がり、胸がきゅっと熱くなる。星降り家の力や王都の覇権を超えて、リラーナの心を満たすもの――それは、アストリアとの穏やかな日々だ。
そして、遠い昔から星降り家に語り継がれてきた“真実”にも、いつか辿り着けるかもしれない。石版の謎や、星が紡ぐ運命の糸。それらを一つひとつ紐解きながら、リラーナは自分の信じる道を進んでいく。
追放された日の悲しみを、もう彼女は振り返らない。あの日こそが、星空に導かれる旅の始まりだったのだから。
夜風に揺らぐ星々がささやく。「あなたはもう、自由だ」と。リラーナはそっと目を閉じ、心の中でその言葉に頷いた。
――王都の喧噪から離れたこの村で、愛する人たちを守りながら生きていく。
――星降り家としての力を、必要な者たちのために使っていく。
――そして何より、星々に誓った幸せを、ここで掴み続けていくのだと。
闇夜を照らす無数の星たちは、果てしない時間の中でその誓いを聞き届け、静かに瞬いている。リラーナはアストリアのぬくもりを感じながら、満天の星空を仰ぎ見て、深く深く息をついた。
もう何も恐れることはない。辺境の大地に根を下ろし、“追放された娘”という烙印を超えた新しい人生が、今まさに花開いている――。
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