「ふわぁ〜」
「どうして俺まで一緒に行かないといけないんだよ」
「仕方ないでしょ。
それにしても早すぎだろ。
まだ七時だぞ。
こんな朝早くに
「カブトムシやクワガタはね、早朝の方が捕まえやすいのよ」
高校最後の夏休み初日、俺は幼馴染でクラスメイトの
毎年学年トップの成績で生徒会長を務める彼女は真面目を絵に描いたような子だが、残念ながら少々暴力的で
黙っていればかわいいのに何かと俺のことをバカにしてくるし、心配性だから
気が強いくせしてけっこうメンタルが弱く、それでいて頼み事が断れず無茶をする。
それを知っているからどこか放っておけないし、昔から一緒にいるのが当たり前の存在。
虫捕りを依頼した芽乃ちゃんは俺たちの住む家のオーナーの娘で、小学校の宿題でカブトムシとクワガタの研究をするらしく、一人では取りに行けないから手伝ってほしいと言われたものの、夏休み早々まさかの体調不良で寝込んでいる。
依頼した本人がいないってどういうことだ。
「ってか飾音、なんでそんなに楽しそうなんだよ」
「だってハル昔から虫嫌いでしょ?」
くそ、ケタケタ笑いやがって。
わかっていて連れてくるなんて、虫が苦手なこと知っていながら楽しんでやがる。
だから俺に虫籠を持たせていたのか。
このままじゃ
「ハルは私が虫捕まえるとこ指
全然羨ましくねぇよ。
飾音は物心ついたときから、俺の名前である『
「つーか、芽乃ちゃんの体調が戻ってからでいいだろ?」
「こういうのは早く終わらせないと。物事は後回しにしてもいいことないよ」
芽乃ちゃんのお願いじゃなかったら絶対に断っていた。
彼女は俺や飾音にとって本当の妹のような存在だし、小学校に入ってはじめの夏休みに体調を崩してしまったことがかわいそうに思えたからこんな虫だらけの空間も我慢しようと思える。
それにしてももっと違う日でもいいのでは?と飾音に強く訴えたい。
くそ暑いし、寝起きだし、当の本人いないし。
「ハルは昔から宿題後回しにするものね」
夏休みの宿題なんて最終日までやらないのが
小学生のときも中学生のときも真っ先に宿題を終わらせて予習や復習といった勤勉ぶりを見せていた記憶がある。
それを見て飾音のようには絶対になれないと思いながら学力というものとは無縁であることを自覚する。
「夏休みって言ってるんだから思う存分休まないと意味ないだろ」
「結局やらないといけないんだから早く終わらせちゃった方がいいでしょ」
その気持ちはみんなある。
でもそんなわけにはいかない。
人は可能な限りだらだらしたい生き物なのだ。
今年も暑くて死にそうななか、俺の周りで飛ぶ蚊の音が殺人的にイライラする。
正直飾音一人で取れるのに、俺は何に付き合わされているんだ。
人が虫という生き物の存在価値の無さを世の中にどうやって広めようか考えているときに、飾音はカブトムシとクワガタを見つけては「これじゃない」とか「こっちの方がいいかな」と言いながら、まるで洋服を選ぶかのように厳選している。
より大きいものを獲ろうと真剣なのはいいが、夏休みが終わったらどうせ還すんだからどれでもいいだろう。
厳選したカブトムシとクワガタを見つけ、それを素手でつかむと「動かないで」と強く言われ、首にぶら下げた虫籠に入れられた。
俺は顔を
これで体調を崩したら飾音のせいにしてやろう。
目的は果たしたし早々に戻ろう。
いたるところに潜む虫だらけの山を降りている途中、飾音があるものに気づき足を止める。
「ねぇ、あれ」
指差した先に何か大きな物体が見えたので、草木の生い茂った道なき道を進んでいくと、丸く大きな物体が地面に埋まっていた。
よく見ると円盤型の銀色の宇宙船のようなものが斜めに突き刺さっていた。
「これってUFOよね?」
「間違いなくUFOだな」
いつからあったのだろう。
生で見るUFOに興奮を覚えながらも一抹の恐怖を抱く。
ゆっくりと近づいていく間にいろいろなことが頭をよぎる。
中から宇宙人が出てきて、謎の施設に連れて行かれ、服を脱がされたあとに身体中をチェックされて地球上から抹消されるんじゃないかとか、もしかしたら大掛かりなドッキリイベントにたまたま
目の前までくると、思っていた以上に大きかった。
全長数十メートルはあるその巨大な円盤型のそれは見たことのない素材でできている。
反対側を見るにはぐるりと回り込まないといけないくらいの大きさだ。
こんな小さな島の裏山とはいえ、SNSに載せたら拡散されて再生回数が稼げるのは間違いないだろうな。
これを機会にユーチューバーデビューでもしようか迷っていると、UFOの反対側で足音がした。
(飾音、誰かいる)
(宇宙人かな)
(幽霊かもよ?)
(だったら追い払って。そういうの本当に苦手だから)
オカルト系が苦手な飾音をいじりながらも本心は
黒目が大きくて頭の大きな姿をした銀色の人型の宇宙人だったらどうしよう。
もしこれが本当に宇宙船でこの地球を侵略しようとしている宇宙人だとしたら、本当にどこかに連れて行かれてしまう。
でも足が
足音が徐々に大きくなってくる。
心臓が破裂しそうなくらいバクバクしていたが、万が一に備え、飾音だけでも守れるよう彼女の前に立った。
だんだんと大きくなった足音がピタッと止まる。
「
そこにいたのは親友でクラスメイトの
カリフォルニア州の生まれで小学校に入るとき家族でこっちに越してきた日本とアメリカのハーフ。
金色に染めた髪と彫の深い整った顔はまるでハリウッドスターのように存在感がある。
その顔の良さからマッチングアプリで写真を勝手に悪用されたこともあるくらいだ。
背も高いしコミュ力もあるのに、引くくらい二次元ヲタクで、リアル女子と付き合ったのは過去に一人しかいない。
あれはたしか中学生のときだった。
その子は千葉在住で二人はオンラインゲームを通じて知り合った。
趣味が同じだった二人は直接会うことになり、フェリーに乗って千葉まで会いに行ったときそのまま勢いで付き合った。
ただ、お互いのこと知らないまま付き合ったせいですぐに別れた。
それから星司に彼女ができた話は聞いていない。
それでもこの日本人離れしたルックスがあるから、ヲタクであることを受け入れてくれればすぐにできるのであまり心配していない。
幽霊だと思っていた相手が星司だったことで飾音は恐怖心から解放されたのか、
「もう、おどかさないでよ」
「友遼?飾音ちゃん?どうしてここに?」
俺たちはここに来た経緯を説明した。
「星司くんこそこんなとこで何してたの?」
親友が答えるよりも前に嫌なことを想像してしまった。
光眞 星司というのは嘘で、本当は宇宙からきた侵略者の仲間。
地球よりも文明が発達している星の人間で、
イケメンで二次元ヲタクというのも嘘で、本当は地球の文明や情報を得るために人の姿をしたグロテスクな物体なのだとしたら。
「友遼、いまおそろしいこと想像してただろ?」
「どうしてわかった?」
「顔に出てる」
「マジか」
「今朝ジョギングしてたら何かが落っこちてくるのが見えて、やってきたらこれがあったんだ」
星司は運動が好きで毎朝ジョギングをするのか日課。
アメリカにいたときから父親と一緒に走っていたらしく、それが身体に染みついていて、動かしていないとどうも落ち着かないらしい。
「これ、いつからあったんだろうな」
「俺が見たときまだ太陽は昇ってなかったから二〜三時間くらい前だと思う」
一体何時から走っているんだよ。
「もしこれに乗ったら宇宙に行けるんかな?」
「未知の世界に連れて行かれて果てしない孤独と絶望を味わうか、人体実験されて脳みそくり抜かれて人の姿を失うだけだぞ」
「どんなイメージだよ」
「仕方ない。とりあえず動画回しておくか」
何が仕方ないんだと思ったすぐ後、一瞬焦りを覚えた。
「まさか、俺より先にユーチューバーデビューする気じゃないだろうな?」
「なんだよそれ。そんなの興味ねぇから」
男前が投稿するだけで勝ち戦のようなものなのに、UFOなんてアップしたら一躍人気ユーチューバーの仲間入りだ。
変な敵対心を燃やし俺もスマホを取り出そうとする。
「二人ともやめときなよ。何が起きるかわかんないんだし」
相変わらず心配性なやつだ。
飾音の心配をよそに星司がスマホをUFOに向けシャッターを押すと、その銀色の機体が突如白い閃光を放ち、星司のスマホが一瞬にして焼け焦げた。
「あぁ〜、いままでのデータが……」
データよりも他に心配することあるだろ。と思いつつ、もし数秒先に俺がやっていたら自分のスマホが燃えていた。
親友のスマホが犠牲になったことに少しホッとしてしまった自分が浅はかだった。
「俺のイリーナ・テゥアランが……水着イベントの途中だったのに……」
謎の言葉で呪文を唱えるようにボソボソと呟いている。
一体何のゲームしていたんだ。
近づいていくと、紫色したショートカットの小さな子供が仰向けになって倒れていた。
上半身と片腕だけが外に出ている状態で意識があるようには見えなかった。
後をついてきた二人も俺と同じリアクションをする。
「し、死体⁉︎」
「救急車呼びましょ」
「救急車って何番だっけ?」
「落ち着けって」
なぜか一番冷静だった俺が二人を落ち着かせる。
こんな小さな島で大きな事件なんて聞いたことない。
まずはちゃんと呼吸をしているのか確認しないと。
口元に顔を近づけると、「ちょっと、何してんの!」
飾音が鬼の
「こんなときになんだよ」
「こんな小さな子に、その、キ、キスするなんて……」
「キス?なんのことだ?」
顔を近づけたときにキスをしたのかと思ったらしい。
頬と耳が真っ赤になっている。
「違うの?」
「息をしてるか確かめようとしただけだ」
勝手に人をロリコン扱いしないでくれ。
こんな小さな子に対してそんな
「そうだったの」
「まさか、俺がこの子に興奮してるとでも思ったのか?」
顔を覗きこむと少し
さすがにこんな小さな子にキスするほど欲求不満じゃない。
「う、うっさい。きもい。あんたは離れてて。私が確かめる」
何をそんなにムキになっているんだ。
引き剥がすように強引に振り払い、飾音がその子の動脈を調べる。
「よかった、呼吸してる」
ほっと肩の力が緩む。
肩を揺らしたり、軽く叩くが反応はない。
「でも、どうしてこんなところにこんな小さな子が?」
宇宙船といいこの小さな子といい、こんな田舎の島で一体何が起こった?
「もしかして迷い込んだんじゃ?」
「こんな小さな子が一人でか?まさか」
「じゃあ誘拐とか?」
「だとしたら無防備すぎるだろ」
たしかにそうだ。
誘拐なら手足を縛ったりしているはずだがその
怪我をしている様子もないし、辺りに人の姿もない。
「ハル、世界には国がいくつあるか知ってる?」
急になんだ。
そんなこと知るわけがない。
都道府県ですら全部でいくつあるか知らないのに。
「約200よ。ミクロネーション(未承認国家)も含めるともっとあるけど」
知らん。
「じゃあ世界の人口は何人いるか知ってる?」
いや知らんって。
「約80億よ、それだけ多くの人がいるなら紫の髪した子がいても不思議じゃないでしょ」
「でもこんなに綺麗な紫色した髪、どこの国の子だろうな?」
「赤い髪ならアイルランドとかスコットランドにいるのは聞いたことあるけど」
「アメリカにいたときも何人か見たことあるぞ」
「肌白いし、北欧とかアメリカの方かしら?」
「ホクオウ?」
どこだそれは?
「スウェーデンとかデンマークの方よ」
「アメリカの上か?」
「おまえ、やばいな」
星司に呆れられるとは俺もいよいよだ。
俺たちの声に反応したのか、眠っていたはずのその子の目が開いた。
赤と青に輝く美しいオッドアイに魅了されるより前に、突然目覚めたその子は扉の前にしゃがみこんだ後、一瞬で表情を
飾音が
「大丈夫だからね。こいつ、こう見えてけっこう誠実だから」
こう見えてとは失礼な。
俺に対して怯えているとは限らないだろう。
「ここは私に任せて」
そう言ってその子の目線まで腰を落とし、
「ぼく可愛いね。どこの子?」
そう優しく話しかけたが反応がない。
その子は一瞬だけ眉間に皺が寄ったように見えた。
それならと、
「Hello,I am Kazane Yuishima.Nice to meet you.Where are you from?」
今度は英語で話しかけるがやはり反応はない。
言葉が通じないのだろうか?それとも飾音の発音が良すぎて聞き取れていないのだろうか?
前屈みになりその子に握手しようと手を差し出すと、その子は
「飾音、目つき悪いんだよ」
「ハルにだけは言われたくないんだけど」
「二人とも俺に任せなって」
そっとその子に近づき星司が柔らかくにっこりと笑うと、その子は少し口を開き嬉しそうな表情を見せた。赤く染まっていた彼女の瞳の色は黄と緑に一瞬変わった気がする。
「ぼく、安心していいからね。お兄ちゃんたちは優しいから」
そのままその子に触れようと手を伸ばした星司に対し再び表情を強張らせると、また瞳の色が一気に赤くなった。
程なくすると、ぐらぐらと地面が揺れ出した。
「ちょっと何?地震?」
揺れ自体は大きくないが、地震が苦手な飾音は俺の腕をつかみながらこわいと言って泣きそうになっている。
こういうときだけ乙女みたいな声を出さないでくれ。
普段からしおらしくいていればいいのにと思うが、余計なことを言って蹴りが飛んできたらイヤなので心の中に留めておこう。
星司が一定の距離を置き、しばらくすると揺れが収まった。
さっきまで赤一色だった彼女の瞳は、赤と青のオッドアイに戻っていた。
「ったく、普段から二次元世界にいるから汚れていくんだ。もう少し清らかな心と身体で接してあげないと、この子が
「二次元女子を汚いものみたいに扱うな」
「こんな小さな子でもわかるんだな。顔が整っていても中身は空想と妄想の塊であることを」
「友遼、二次元をバカにするといつか痛い目見るぞ」
「俺は日本の未来を
「ハルってこういうときだけ利発的なこと言うわよね」
幼馴染の使う聞き慣れない言葉が理解できず褒められたのかディスられたのかわからなかったので、とりあえずサンキューと言っておいた。
「しゃあない。この俺が手本を見せてやる」
右手の拳を胸に当て自信満々に言ってみせる。
根拠のない自信はいつも裏を返さない。
学力は学年でも下から数えた方が早く、授業もまともに出ないことから、クラスメイトにはサボりの友遼を略して『サボ遼』などという負のあだ名をもらっているくらいだ。
「どうせ何も考えてねぇんだろ?」
「勢いだけでなんとかなるわけないじゃん」
「うるせー。こういうときは気持ちだ。ジェスチャーでなんとかなる」
余計なことは言わず、気持ちを込めて全力でぶつかっていけばいいんだ。
「そんな安易な」
「オー、マイシスター。カモンベイビー!ベリーキュートだね」
そう言って久しぶりに再会した親戚の子を迎え入れるような感動の再会を演出してみた。
「そんなので近づいてくるわけないでしょ。それにシスターって」
すると、さきほどまで怯えていたその子はゆっくりと腰を上げ、黄と緑に変わった瞳でこちらに歩み寄ってきたので抱き寄せた。
「な?言ったろ?」
「なんかムカつくな」
「うん、ムカつく」
こいつら。
そのままその子を抱き
「女の子みたいでかわいい」
「友遼ってこんな小さな男の子にも興味があったんだな」
さっきから二人は何を言っているのだろう。
星司はともかく飾音は冗談を言うタイプではない。
「この子、女の子だぞ」
「そうなのか?」
「いや、どっからどう見ても女の子だろ」
「そ、そうよ。どう見ても女の子でしょう。まぁ、私ははじめから気がついていたけどね」
「嘘つけ。さっき『ぼく可愛いね』って言ってたじゃんか」
「言ってないわ」
「いや、ほんの数秒前に言ってたよな?」
「言ってないし」
こいつ、このまま押し通すつもりだな。
飾音も星司もこの子のことを男の子だと思っていたから『ぼく』と言った。
だから彼女は触れることを拒否したんじゃないかと思う。
「きっと思春期の女の子だから俺のところに来たんだよ」
「ハルに限ってそんなことあるわけないじゃん」
「ヤキモチか?」
「はぁ?マジで蹴るわよ」
やめてくれ。
飾音のキックはマジで痛い。
こんな細い身体だが昔ちょっとだけ空手をやっていたことがある。
本気で怒らせるとキレのあるキックをかましてきて、俺の下半身が動かなくなるから話を変えることにした。
「それにしてもどうしてこんなところにいたんだろうな?」
「親と
「見て、首元に何か書いてある」
目を凝らして見てみると、
『L .U .K .A .』
はそう刻まれていた。
「ルカ?」
その言葉に反応した彼女は一瞬
どうやら彼女の名前は『ルカ』というようだ。
すると、さっきまで赤と青の二色だった瞳は一瞬だけ黄色に変わった。
「ルカちゃん、はじめまして。私は結島 飾音。みんなからは下の名前で呼ばれてるから飾音って呼んでね」
「オレノナハ、ミツマ・セイジ。ナイストゥーミートゥー」
「何でカタコトなのよ」
「俺は
「誰にアピールしてんのよ、アホじゃない?」
「うるせー」
「ねぇ、ルカちゃん。パパとママはどこにいるのかな?」
ルカは首を傾げ
「言葉が通じないのかな」
「単に飾音の言うことを聞かないだけだろ。目つき悪いし」
横からドスッという鈍い音が
「一言余計なのよ」と言われて蹴りを入れられた。
こいつは手加減というものを知らないのか。
マジで
試しに
「困ったわね」
言葉が通じない以上、別の方法を考えるしかないが情報が少ない。
ルカという名前やオッドアイという特徴だけで親を見つけることができるのだろうか。
「SNSで情報を
閃いたように星司が言うが、
「さっきスマホ燃やされたばかりじゃない」
焼け焦げたスマホを見ながら切ない表情を浮かべていた。
「やめてくれ、イリーナのことを思い出すと辛くなる……」
これに関しては発売元に問い合わせくれとしか言えない。
「それにこんな小さな子、ご両親の許可なしに顔を
たしかにそうだが、この暑さで少女一人を置いておくこともできない。
俺の意図を
恥ずかしくなったのか少し頬を赤らめている姿はとても可愛かった。
「ひとまず食べるものだけでも持っていってあげないな?」
「珍しくいいこと言うじゃん」
「俺はいいことしか言わねぇよ」
「ハルって意外と優しいのね」
意外は余計だ。
「友遼って優しさだけが取り柄だもんな」
優しさだけとは失礼な。
こんな清らかで友達思いなやつ他にいないだろう。
「ルカちゃん、食べ物と飲み物持ってくるからここで待っててくれる?」
飾音が笑顔でそう言うと、彼女も合わせるようににっこりと笑った。
夏休みはまだ始まったばかりだし、この暑さはしばらく続く。
「そこで何してる?」
宇宙船の上の方から低く太い声がした。
しかし、周囲を見渡しても人の気配はない。
「ちょっと、ハル。こんなときにふざけないでよ」
「俺じゃねぇよ」
「じゃあ誰?」
「まさか幽霊?」
その言葉に反応した飾音の身体は小刻みに震えていた。
人は目に見えないものに対して不安や恐怖心を抱く。
それは未知であればあるほど強大で、ときに死を
飾音はその典型的なタイプで、幽霊やお化け、地震や雷を極端に嫌う。
「飾音、知ってるか?昔この辺にイノシシがいてさ、発情期だったイノシシに襲われて亡くなった老人と小さな子の霊があるって噂」
「その老人は孫娘を守ろうとしたけど結局助からなかった」
「この時期になると
「ねぇ二人ともやめてよ」
気の強い飾音が
他の子にはしないのになぜか飾音にだけはしてしまう。
普段からバカにされているからこういうときしか反撃できないという気持ちが働いているのかもしれない。
ちなみにこの話は思いつきのブラフ。
話に乗っかってきた星司が
しかし本当にどこから声がしてきたのだろう。
たしかに上の方からだったが、それらしきものは何も見えない。
「なぁ、あそこ」
何かに気づいた星司が指を差した先は宇宙船の上。
そこにいたのは耳の長い黒猫だった。
黄色がかったオレンジの瞳をしたその猫と目が合うと、そこから飛び降りてきた。
「かわいい〜」
さっきまで怯えていたとは思えないほどに柔らかな表情になった飾音がその猫に触れようと近づいたが、睨みをきかせながら
「おまえたち、ルカに何する気だ?」
「猫がしゃべった⁉︎」
「アフレコじゃねぇよな?」
「ルカに手を出したら許さんぞ」
さっきと同じ声。
ということは声の主はこの黒猫?
飛びかかってきそうなほど怒っているのがわかった。
「ちょっと待ってくれ。俺たちはこの近くを通ったときにたまたまこの宇宙船が見えたから見に来ただけだ」
「そしたらこの子が倒れてたから心配で、何か飲み物でも持ってきてあげようとしてたところなの」
必死の説明に目を
「まぁいい。ここはどこだ?」
「日本だけど」
「日本のどの辺だ?」
「
「奥湊?聞いたことがないな」