放課後。俺は目黒に連れられて校舎内を歩いていた。
校舎は年季を感じさせる建物の割に、綺麗に保たれている気がする。
「この高校は掃除に力でも入れてるのか?」
「掃除に力? ああ、校舎が綺麗なのは業者が掃除してくれるからだよ」
「高校が掃除の業者を入れてるのか?」
「入れてると言うか、理事長のご機嫌取りで自主的にやってると言うか……」
理事長はこの村の権力者なのだろうか。
それにこの高校は学費の面でかなり気になることがあるのだが、目黒に聞いても良い話だろうか。
少しの逡巡の末、他に聞けそうな相手もいないため、やはり目黒に聞くことにした。
「この高校って私立なんだよな? それなのに学費がやたら安くて驚いたんだけど、どうなってるんだ? 理事長は慈善事業のつもりで高校を運営してるのか?」
「慈善事業なんてとんでもない。餌を撒いて獲物を呼び込んでるんだよ」
「……獲物?」
なんだろう、この言い回しは。
もしかして生徒は授業料として臓器を取られでもするのだろうか。そんなまさか。いや、しかし……。
「臓器売買は違法だよな?」
嫌な想像に顔を蒼くする俺を見た目黒は、くすくすと笑い始めた。
「相馬君、ビビりすぎだよ。高校が臓器売買なんてやってるわけないじゃん」
「そう、だよな?」
では目黒のこの反応は何なのだろう。
先程露骨に話を変えたのも、気になると言えば気になるし……。
「ここが音楽室。今は軽音部が使用中みたいだね」
俺は首を傾げるばかりだが、目黒は何事も無かったかのように校舎案内を再開した。
それにしても軽音部か。前に通っていた高校にも軽音部はあった。
しかし失礼な話だが、この小さな高校に軽音部があるとは思わなかった。
「ちょっと疑問なんだけど、部活って何種類くらいあるんだ? そんなに人数の多い高校じゃないよな、ここ」
一クラスが約三十人、単純計算で三学年合わせて九十人。
あまりたくさんの部活動が存続可能とは思えない。
「この高校では、部活には何種類入っても良いことになってるの。だから兼部してる生徒も多いんだ」
なるほど。兼部可能なら部活動の種類が多くても存続が可能そうだ。
きっと顧問になる先生も複数の部活動を兼任しているに違いない。
「今ある部活は、軽音部と美術部と写真部と、陸上部とテニス部と卓球部とボクシング部と柔道部と新体操部、それに剣道部の、全部で十個」
目黒が指を折って数えながらそう言った。
「へえ。少人数でも活動可能な部活が多いんだな」
メジャーな野球部やサッカー部が無いのは、必要な選手の人数が多いスポーツだからだろう。
「言われてみるとそうかも。だけど今ある部活でも、年によっては団体戦が難しい部員数だったりもするんだよ」
「兼部が可能なのに?」
「兼部してる人も多いけど、部活自体をやらない人も多いから」
それはそうだ。前に通っていた高校でも、部活動に活動的な生徒もいれば、授業が終わった瞬間に帰宅する生徒もいた。
そういう生徒たちは部活動の代わりにアルバイトに精を出したり、恋に遊びに青春を謳歌したりしている。
この町でもそういった生徒が多いのだろうか。
「あれ。でもバイト募集は少ないんだよな? 部活をしないならその人たちは放課後に何をしてるんだ? 失礼だけど、この町には遊ぶところも少なそうだし」
俺に質問をされた目黒は、少し考え込むような仕草をしてから口を開いた。
「家で絵を描いたり、プラモデルを作ったり、ゲームをしたり、いろいろだよ。それより相馬君は隣町に住んでるんだよね? どうしてこの高校に来たの? 小学生の頃は隣町の小学校に通ってたのに」
「俺の家は町で区切ると隣町だけど、この町との境界線付近にあるんだ。だから隣町の中心部にある高校よりも、この町の高校の方が距離的には近い。でも小学校は町ごとに入学する学校が決められてたから、隣町の学校に通ってたってわけだ」
俺の話を聞いた目黒は納得したように頷いた。
「このあたりは過疎地って言うほどでもないけど、人口が少ないからね。町に何個も学校を作る余裕が無いんだよ、きっと。私の家も高校から結構離れたところにあるもん」
「電車が通ってたら離れてても楽なんだけど、ここにはそういうのは無いからなあ」
この町の基本的な移動方法は、車か自転車か徒歩だ。
バスが走ってはいるものの一時間に一本とかそのレベルで、時間帯によっては三時間くらい待たされることもある。
……って、あれ。もしかして今、また目黒に話題を変えられたのだろうか。
帰宅部の生徒が放課後に何をしているのかという質問に、一応は答えてくれたが、俺が深く聞かないように話を変えられた気もする。
やはりこの町ではパパ活が横行しているのだろうか。