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第3話


「あのさ、相馬君……実は私、相馬君に聞きたいことがあって……」


 校舎内の案内が大方終わり、残すは渡り廊下を渡った先にある体育館と武道場だけになった頃、目黒が口ごもりながら切り出した。


「相馬君は昔の……小学生の頃の記憶って、どのくらいあるのかな?」


 記憶と言われても、小学生の頃はほとんど毎日遊んでいた覚えしかない。

 それ以外だと学校行事を覚えている程度だろうか。

 家族に関してはいろいろと覚えているが、今ここで伝えるつもりはない。


「細かいことまでは覚えてないけど、大きな出来事くらいは覚えてるかな。遠足とか運動会とか。あとはクラスメイトが蛇に噛まれて大騒ぎになったことも覚えてるな」


「そうなんだ……じゃあ、剣道道場で起こった出来事は覚えてる?」


 剣道道場で起こった出来事……道場内での模擬試合のことだろうか。それとも大会の話だろうか。

 正確には大会は道場内で起こった出来事ではないが、剣道道場としては大きな出来事と言えるだろう。


「剣道道場の方も学校と同じで、大きな出来事は覚えてると思う」


「じゃあ、過去に私が手拭いを忘れて……」


 目黒の言葉はここで終わってしまった。

 目の前に、見過ごすことの出来ない光景が広がっていたからだ。


「こっちが下手に出てるからって調子に乗りやがって!」


「俺たちが何もしないと思ってるんだろ!? いい加減に殴るぞ!」


「それいいな。痛めつければ言うこと聞くっしょ」


 校舎裏で、体格のいい男子生徒三人が一人の女子生徒を脅迫している。

 脅迫されているのは、クラスで俺の隣の席になった銀髪の女子生徒、阿佐美だ。


「えっ、相馬君!?」


 考えるよりも先に飛び出していた。

 俺は、こういう悪に染まった考えを持つやつらが大嫌いだからだ。


「男三人がかりで何やってんだ! 弱い者いじめはやめろ!」


 俺は阿佐美の前に立つと、男子生徒たちに向かって怒鳴った。


「誰だ、お前?」


「二年に転校生が来たらしいから、そいつじゃねえ?」


「転校早々いきなり活躍しようってか」


 男子生徒たちは俺の登場に笑っていたが、俺は本気だ。暴力で他人を従わせようとする外道は許せない。

 必要があるなら戦う覚悟だってある。


「……が……だって?」


 急に地獄の底から響いてくるような声がした。

 声は、前にいる男子生徒たちからではなく、後ろから聞こえてくる。

 驚いて振り返ると、俺の後ろには大層ご立腹な様子の阿佐美が立っていた。


 もしかして阿佐美は、にらんだだけで人を石にするというメドゥーサの生まれ変わりだろうか。

 まるで足が石になったかのように動かなくなった。そういう目で見ると輝く銀髪も白蛇に見えてくる。


 もちろん実際には俺の足は石になどなっていないし、阿佐美の髪の中に白蛇は生息していない。

 しかし今の阿佐美には、そう思わせる迫力がある。


「誰が弱い者だって? まさか、あたしのことを弱い者って言ったわけ?」


「あっ、いや、えっと……今のは言葉の綾と言いますか……」


 思わず敬語になってしまった。

 いくら俺でもメドゥーサを弱い者だとは思わない。

 数分前の俺の目は節穴だった。


「三人に詰め寄られて困っているようだったので、助けたいと思いまして……じゃなくて、助けたいと思って……余計なお世話だったみたいだけど……」


 阿佐美は俺のことを見定めるように眺め回した後、吐き捨てるように言った。


「ふーん。正義のヒーロー気取りなわけね。まあいいわ。あんたの薄っぺらい正義感がどんなものか見てあげる。今日の夜七時、武道場の地下で待っているわ」


「武道場の地下? どういうことだ?」


 阿佐美は俺の疑問には答えずに、面倒くさそうに手を振りながらこの場を去ってしまった。


「あんたの正義が本物だって言うのなら、逃げずに来なさい」


 そう、言い残して。





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