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第5話


「武道場の裏にある扉は……これのことか」


 目的の扉はすぐに見つかった。

 厳重に隠されているのかと思いきや、普通に目視できる位置に存在していたからだ。

 とはいえ一見用具入れの扉に見えるため、目的が無ければ開けようとは思わなかっただろう。

 扉にカギはかかっておらず、ドアノブを回すとすんなり開いた。

 そして扉の先には地下へと続く階段が伸びていた。


「騙されてるわけじゃ……ないよな?」


 この階段を降りた地下で悪いやつらに何かをされたとしても、まず助けは来ないだろう。

 しかし目黒と花林ちゃんがここは闘技場だと言っていたから、階段を降りた瞬間に待ち伏せをしていた悪者にリンチされる……ことはないはずだ。たぶん。

 頭ではそう思っていても、若干緊張しながら階段を降りていく。

 一段、また一段と下り、到着したのはまたしても扉の前だった。


「へえ。逃げずに来たのね」


 扉の前では、腕を組んだ阿佐美が俺を待っていた。


「逃げるも何も、別に俺が決闘させられるわけじゃないんだろ?」


「ここが何をする場所なのかは聞いてきたようね」


「お、俺は、決闘しないんだよな!?」


 再度確認をする。

 俺は、正義感は強いものの、喧嘩が強いわけではないからだ。


「今日は、ね」


 不穏なことを言いつつ、阿佐美が扉に手をかけた。


「行くわよ。早くしないと決闘が始まるわ」




 扉の先に広がっていたのは、ものすごく広い空間だった。

 きっと地上にある体育館と武道場を足した広さがあるのだろう。

 中央には巨大なリングが置かれ、観客席にはたくさんの観客が座っている。

 ほとんどの観客が、顔が分からないように仮面を付けている。

 アニメや漫画では見たことがあったが、実際に仮面を付けている人たちを見るのは初めてだ。

 これだけで、この闘技場で行なわれるものが普通の試合ではないことが予想できてしまう。


「かなり大規模なんだな」


「大規模だけれど、会員制だから知らない人は全く知らない催しよ。現に隣町に住んでいたあんたは知らなかったでしょ。まあ、この高校の生徒は全員知っているけれど」


 俺が知らなかったのは、隣町に住んでいた頃、俺が小学生だったからというのも関係している気がする。

 しかし、それよりも気になるのは。


「会員制? 俺は何もチェックされなかったけど」


 闘技場に入ってすぐに受付があったが、俺たちは止められることなく闘技場の中まで入ることが出来た。


「隣にあたしがいるからよ。あたしの連れてきた生徒は、会員じゃなくても入ることが出来るの」


「阿佐美は闘技場の要人か何かなのか?」


「重要な人物ではあるわね。闘技場で戦いそうな、闘技者になってくれそうな生徒を、ここへ連れて来るのもあたしの役目なの」


 先程の会話でも思ったが、どうやら阿佐美は俺をこの闘技場で戦わせたいらしい。


「俺は戦うつもりなんてないぞ」


「観る前から否定的に考えないで。闘技者はただ決闘をするだけよ。スポーツの大会とそう変わらないわ」


 変わる気がする。闘技場の中には賭けのレートらしきものを表示している掲示板があるが、少なくともスポーツの大会では試合が賭けの対象にはならない。

 それに観客が仮面を付けたりもしない。


「ほら早く。すぐに始まるわよ」


「あ、ああ」


 阿佐美に急かされるまま、阿佐美と俺は観客席に座った。

 他の観客は仮面を付けているのに、阿佐美と俺だけ仮面を付けていないのは変な感じだ。

 とはいえ、これまでの人生で仮面なんか付けたことがないから、仮面を付けたら付けたで変な気分になるのだろうが。


「始まるわ。よく見ておきなさい」


 阿佐美の指差した先、リングに目をやると、ちょうど生徒たちがリングに上るところだった。

 男子生徒が二人と女子生徒が二人。男子生徒と女子生徒がペアになって、リングの両端に立っている。

 女子生徒はどちらも銀髪で、片方は帰ったと思っていた花林ちゃんだった。もう片方はメガネをかけた真面目そうな人だ。

 二人はそれぞれ目の前にいる男子生徒に近付くと……男子生徒の唇にキスをした。


「えっ!?」


「ふーん。口づけを見るのは初めてなのね」


 突然のキスで驚いた俺を、阿佐美がニヤニヤしながら見つめていた。


「そっ、そうじゃないけど、だってリングの上でそんなこと……」


「あたし相手に見栄を張らなくてもいいわよ。あんたはモテない青春を過ごしてきたのね」


「そんなことはない!」


 俺が必死で否定すると、阿佐美は憐れなものを見るような目を俺に向けてきた。


「可哀想に」


「本当に、モテない青春を過ごしてきたわけじゃないからな!?」


 ラブレターを貰ったこともなければ、バレンタインのチョコを貰ったこともなく、もちろん誰かと付き合ったこともないが、それだけでモテないと決まったわけではない。

 きっとどこかに俺のことが好きな引っ込み思案の女の子がいるはずだ。


「あんたの非モテはどうでもいいわ。それよりあっちを見て」


 阿佐美は俺の言葉を無視してリングを指差した。

 俺にとってはどうでもいいことではないのだが……しかしリング上では俺のモテ具合などどうでもよくなるようなことが起こっていた。


 キスを終えた男子生徒の身体から、白い煙のようなものが立ち上り始めたのだ。


「あれは何だ!? 身体から煙が出てる!?」


「“想い”よ」





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