阿佐美が俺の質問に答えをくれたものの、その答えはさらなる疑問を呼んだ。
“想い”とは、何かの隠語だろうか。
何の隠語かは想像もつかないが。だってあんな現象は見たこともない。
俺が次の質問を阿佐美にぶつける前に、白い煙が形を作った。
一人の男子生徒の煙はナイフ、もう一人の男子生徒の煙は本の形に変化した。
しかも時間とともに煙は固体になったらしく、彼らはそれぞれナイフと本を手に取った。
「“想い”が闘技者の武器になるの。ちなみに闘技者は決闘を行なう人のことね。リング上で“想い”は、その人が一番力を発揮できる形、もしくは“想い”を象徴する形に変化するわ。今回はナイフと参考書ね」
「武器って……ナイフと参考書じゃ勝負にならないだろ」
「そうでもないわ」
どう考えても、参考書は角で殴るくらいしか出来ない。
当たったら痛いが、その程度だ。一方でナイフは刺すことも切ることも可能だ。
相手が武器にしている参考書を切り裂くことだって出来る。
ナイフを持っているだけで威嚇にもなる。圧倒的に有利だ。
「というか、さっきスポーツの大会と同じようなものだって言ってたけど、違うだろ。武器としてナイフを使うなんて、最悪の場合死ぬじゃないか!」
「問題ないわ。あれはあくまでも“想い”の武器だから。精神的なダメージは与えるけれど、リングを下りたら身体に影響は無いの」
阿佐美が意味の分からない説明を重ねてきた。
リングを下りたら身体に影響が無い? ナイフで刺されたとしても?
それ以前に。
「さっきから当たり前のように“想い”が武器として具現化した、って言ってるけど、おかしいだろ!? 概念が物体化するわけがないだろ!?」
「おかしい? おかしいも何も、実際に目の前で起こっているわ。現実を受け入れなさい」
俺がもう一度リングを見ると、女子生徒二人はリングから下りていた。
そしてリングに残った男子生徒二人が、白い煙で出来た武器を握ってにらみ合っている。
「一体、何が起こってるんだ!?」
「何が起こっているのかは、自分の目で確認して。目を逸らさずに現実を見なさい」
「見てるけど意味が分から……」
俺の言葉をかき消すように、大きなドラが鳴らされた。決闘開始の合図だろう。
すぐにナイフを持った生徒が参考書を持った生徒に襲いかかる。
しかし参考書を持った生徒が何かを唱えると、二人の間にいくつもの図形が出現した。
その図形は盾のようにナイフの攻撃を防いでいる。しかし薄い盾なのか、ナイフを持った生徒が何回かナイフを刺すと図形は霧散していった。
「あれは……魔法?」
「彼はかなり珍しい“想い”の使い手よ。参考書に載っているものを出現させることが出来るらしいわ」
「それなら参考書から戦国武将を出現させれば敵無しじゃないか」
俺の意見を聞いた阿佐美が首を横に振った。
「人間を出現させて戦わせるだけの“想い”は見たことがないわ。それにあの能力は汎用性が高すぎる。汎用性の高い能力は、一つの技能に特化することが難しいの。要は広く浅い能力ということね」
阿佐美から視線を外して、もう一度リングを見る。
参考書を持った生徒はナイフを持った生徒目がけてアルファベットの形の石のようなものを放っているが、ナイフを持った生徒はそれらをナイフで切り裂いている。
参考書を持った生徒は出来ることが多いが能力自体は弱く、ナイフを持った生徒はナイフで切り裂くことしか出来ないが攻撃力は高いのだろう。
「じゃあやっぱりナイフの方が有利なんじゃないのか? 盾だって切り裂かれてたし」
「だから、そうとは限らないと言っているでしょう。ほら見て」
リング上では闘技者二人が、図形の盾を挟んで何かを喋っている。
そして話が終わった途端、二人は距離を取った。
すぐにナイフを持った生徒が体勢を立て直し、参考書を持った生徒に向かって飛びかかる。
ナイフを持った生徒の攻撃を迎え撃つように、リング上では次から次へとアルファベットが出現している。
それらがナイフを持った生徒に向かって飛んでいき……ナイフを持った生徒の攻撃ペースを上回った。
ナイフを持った生徒は飛んでくるアルファベットを捌ききれなくなり、アルファベットに押し潰されて動かなくなった。そして倒れた生徒の手からはナイフが消えた。
その瞬間、観客席から歓声が起こった。
「おい、あの生徒は大丈夫なのか!? もしかして圧死したんじゃ……」
「問題ないわ。リングから下りれば身体は元通りになるの」
阿佐美の言葉通り、スタッフによってリング外に運び出された生徒は、何事も無かったかのように目を覚ました。
「よかった……」
「負けた闘技者を気にしてどうするのよ。敗者ではなく勝者を見なさい」
阿佐美に言われてリング上に視線を移すと、参考書を持った生徒の周りには白い煙が漂っている。
心なしか、最初にまとっていた煙よりも大きい気がする。
「敗者の“想い”は勝者の武器に乗るの。それによって勝者の武器は強化されるわ」
「勝つたびに武器が強くなるってことか」
ということは、今の二人のどちらが挑戦者だったのかは分からないが、決闘は挑戦者が不利な状態で戦うシステムのようだ。
「そうして最大まで強くなった“想い”の武器を、闘技場の主催者であるこの高校の理事長に献上することで、優勝者はどんな想いでも叶えてもらえる。ここで言う想いは、願いと言い換えてもいいわ。想いの方が正確なのだけれど、武器と混同しそうでややこしいから、願いと言い換えておくわね」
「どんな願いでもって……」
阿佐美はリングから目を離さずに答えた。
「理事長は、政府にも警察にもメディアにも強い影響力を持っているの。だからほとんどの願いは叶うわ。さすがに死人を生き返らせたいとか、過去に飛びたいとか、人間に不可能なことは無理だけれど」
人間に出来ることなら何でも叶えられる。阿佐美の言葉はそう聞こえた。
理事長は、一体何者なのだろう。
「闘技者は、叶えたい願いがあるから戦ってるのか」
「それだけじゃないわ。この決闘ではファイトマネーが発生するの。その金目当ての闘技者も多いわよ。もらえる額は違うけれど、勝っても負けてもファイトマネーがもらえるから」
もしかすると、前に目黒が言わないようにしていたのは、これのことだろうか。
アルバイトをする代わりに、ここでのファイトマネーをお小遣いにしている生徒は多いのかもしれない。
「決闘には何度でも挑戦できるのか?」
「いいえ。基本的には負けたらそこで終わり。何度も戦いたいなら勝ち続けるしかないわ。例外的に新しい“想い”を持って再戦する人もいるけれど、武器になるほどの強い“想い”は、そうそう何度も持てるものじゃないのよ」
「……もしかして。阿佐美が昼間に脅迫されてたのって、もう一度決闘に参加させろとかそういうやつか?」
俺の言葉を聞いた阿佐美は、感心したように目を細めた。
「察しが良いわね。けれどあたしを脅迫したところで意味は無いわ。一度負けたことで一番強い“想い”が消えているのだから、次に出現するのは前よりも弱い武器。そんなもので戦って、勝てるわけも、決闘が盛り上がるわけもないじゃない」
吐き捨てるようにそう言うと、阿佐美は席を立った。
「これ以上見るべきものは無いわね。帰るわよ」
「あっ、ちょっと待てよ」
俺は阿佐美を追いかけつつ、闘技場をあとにした。その際、目の端に大金の受け渡しをする観客の姿が映った。
やはりここは、とんでもない場所だ。