夜の公園はあまりにも静かで、木々が葉を揺らす音が聞こえてくる。
先程まで居た闘技場の熱気と比べると、物寂しいくらいだ。
俺たちの他に誰もいない公園で、阿佐美と二人でブランコに座り、買ったばかりのホットスナックをむさぼる。
「近くにファミレスは無いみたいだけど、コンビニはあって良かったよ」
「そのコンビニもそろそろ閉まる時間だけれど。都会と違って二十四時間は営業していないから」
ということは、コンビニも深夜バイトは必要としていないだろう。
この町では売り上げも少ないだろうから、入荷した商品を並べるのも営業中で事足りそうだ。
「こんな感じじゃあ、バイトの募集はしないよなあ」
「どうしてあんたはそんなに金を必要としているのよ。一人暮らしでもしたいわけ?」
どう答えたものかと思案しつつ、ホットスナックを口に入れる。
俺の家庭事情は、初めて会った女子生徒相手に話すようなものでもない。そんなものを聞かされても、阿佐美だって反応に困るだけだろう。
しかし、だからと言って嘘は吐きたくない。
どうしても必要なとき以外に吐く嘘は、不誠実だし、大抵の場合良い結果を生まない。
そのため俺は、現状をかいつまんだ話だけをすることにした。
「今、母さんと俺は、母さんの実家で暮らしてる。だけど爺ちゃんと婆ちゃんは年金暮らしで、俺たちを養うような余裕は無い。今のところ生活費は母さんが何とかしてるけど、自分の身の回りの物を買う金くらいは自分で稼ぎたいんだ」
「ふーん」
自分で聞いたくせに、阿佐美は俺の答えに興味が無さそうな様子で適当な相槌を打った。
「あのなあ。俺の家庭事情になんて興味は無いだろうけど、少しは興味があるフリをしたらどうだ? 阿佐美から金がいる理由を質問してきたんだから」
「残念ながら、自分で思っていた以上に興味が湧かなかったのよね、あんたの事情に」
確かに今日初めて会った人間の家庭事情に興味は湧かないだろうが、だったら最初から聞かなければいいのに。
そう思いつつも、これを口に出して阿佐美との関係を険悪にすることもないと考え、俺はまたホットスナックを頬張った。
「……で、闘技者になるつもりはあるわけ?」
阿佐美が本題を切り出した。
「うーん。あの闘技場ではファイトマネーがもらえるんだろ? 金がもらえるのは魅力的だと思う。この町はバイトが出来ない環境だからなおさら」
「闘技者になるってこと?」
「いや、もっと情報が欲しい。よく知らないままじゃ決めるに決められないからな」
俺が闘技者になることを了承しなかったからか、阿佐美はふてくされたような顔をした。
もしかすると阿佐美には、闘技者を連れてくるノルマがあるのかもしれない。
「情報って、何が知りたいのよ」
「あの武器……“想い”の武器というのは何だ? 形や性能を自分で選べるのか?」
片方はナイフの形で、汎用性は低いが攻撃力が高かった。一方でもう片方は参考書の形で、攻撃力は低いが汎用性が高かった。
加えて参考書の方は、ナイフと比べると攻撃力は低いが、それでも相手を押し潰すことには成功していた。
武器としての性能は、ナイフよりも参考書の方が高そうだ。
「“想い”の武器は言葉の通り闘技者の“想い”が形になったもの。さっきも説明したでしょ。強い“想い”なら、それだけ強い武器になる。その代わりに発動条件が厳しくなりがちだけれど。あとは勝ち続ければ敗者の“想い”が乗る分、武器の性能が強化されるわ」
「勝てば勝つほど強くなる。挑戦者が不利なシステムだよな」
「ええ。だから一番キツイのは初戦で、回を追うごとに楽になる。理論上はね」
「理論上は?」
ホットスナックを食べ終えた阿佐美は、ブランコを揺らし始めた。
「強い“想い”なら、それだけ強い武器になるって言ったでしょ。ものすごく強い“想い”は、複数人の“想い”の乗った武器よりも強力なものになるの」
初戦だとしても歴戦の闘技者に勝つ挑戦者が、まれにいるということだろう。
「そもそもあの武器は、どうやって出現させたんだ?」
「リング上で具現者の祝福を受けることで、“想い”は武器に姿を変える」
阿佐美の乗ったブランコがキーキーとリズミカルな音を立てる。
「具現者の祝福?」
「具現者の口づけのことよ」
阿佐美がニヤニヤしながら自身の唇を軽く叩いた。キスに免疫の無い俺のことを馬鹿にしているのだろう。
これには反論したくなったものの、今気にするべきはキスの経験の有無ではない。
「当然のことのように言ってるけど、キスで武器が出現するっておかしいだろ。そんなことが起こったら、町中武器持ちの人だらけになるぞ!?」
「別に具現者とその辺で口づけをしたところで武器は出現しないわ。あのリングに仕掛けがあって、それにより具現者の能力が最大限に発揮された結果が、“想い”の武器化なんだから」
分かるような、分からないような。
あのリングは特別な空間ということだろうか。
とにかくあの武器が出現するのは、リング上でだけらしい。
「……分かった」
「あんた、顔に理解できないって書いてあるわよ?」
俺の分かったフリは、すぐに阿佐美に見破られてしまった。
「そりゃあ“想い”が武器になるって言われても、すぐに理解して飲み込めるやつは少ないだろ」
阿佐美が俺の顔を見つめた。
もしかしてまた顔に何かしらの思考が出ているのだろうか。
俺が顔を隠すように両手で覆うと、阿佐美が溜息を吐いた。
「あんたって……はあ」
「今、俺のことを物分かりの悪いやつだって思っただろ」
「物分かりが悪いくせに察しは良いのね。ええ、思ったわよ」
察しが良いも何も、あんなに大きな溜息を吐かれたら嫌でも分かる。
「そうだわ、良い説明を思い付いた。『言霊』ってあるでしょ。『言葉を介することで想いが実現する』ってやつ。それと似たようなものよ。『具現者を介することで想いが具現する』の。闘技場のリング限定だけれどね」
阿佐美が、これなら分かるだろうと得意げに言った。
確かに先程よりは理解できたような気がする……気がするだけかもしれないが。
この気持ちがまた顔に出てしまったらしい。気付くと阿佐美が呆れたような表情で俺のことを見ていた。
「……あんたって、生きるのが下手なタイプでしょ? そうなっているんだから、そうなっているとだけ覚えればいいのに、いちいち理屈を知ろうとして。早くも相手をするのが面倒くさくなってきたわ」
「面倒くさいのは、ごめんだけど。でも理解できないものに加担する人も、生きるのが上手いとは言えないと思う」
「ほら、それ。それが面倒くさいと言っているのよ。あたしの時間は貴重なんだから、無駄な会話で浪費させないでよね。今のは『はい分かりました阿佐美様』で終わる話でしょ!?」
よく分からない理由で怒られている気がするが、それを言うとまた怒られることだけは分かるので、さっさと次の話題に移ることにした。
決闘が始まる前に闘技者は女子生徒とキスをしていた。
阿佐美と同じ銀髪の女子生徒と。
「さっきリング上にいた具現者の二人は、どっちも阿佐美の姉妹なんだろ? 銀髪なんてそうそう居ないもんな」
「姉妹……そうね、姉妹よ。あの二人とあたしの合計三人が、この高校にいる具現者なの」
「ということは、阿佐美たちは闘技者と……好きでもない相手と、決闘のたびにキスをしないといけないのか」
思春期の女子高生には辛い制度の気がする。
しかし当の阿佐美はあっけらかんとした様子だった。
「そういう仕組みだから。もう慣れたわ」
「慣れたって……嫌じゃないのか?」
「嫌に決まっているでしょ」
阿佐美の漕ぐブランコが動きを止めた。
「このシステムが嫌で、あたしは過去に何度も逃げた。けれど逃げるたびに連れ戻されて折檻されたわ。警察と繋がっている相手から逃げ切れるわけはなかったのよ」
「……そんなことをされて、阿佐美の親は何も言わないのか?」
「闘技場の主催者が父なのよ」
阿佐美が舌打ちをした。
「父直々に具現者の義務を果たせと言ってきたのよ。逃げたし反発もしたけれど、何度も折檻されて、さすがに懲りたわ」
阿佐美は諦めた様子で、長い溜息を吐いた。俯いた阿佐美の顔には影が落ちている。