「……そんなのおかしいだろ」
怒りが自然と口に出ていた。
阿佐美の扱いは、まるで親から子どもではなく道具として見られているみたいだ。
「おかしいわよ。けれど、あたしがどうこう出来る問題じゃないの。従うしかないのよ」
「従うしかないって……どう考えてもおかしいのに」
身体の中心から怒りが沸いてくる。
こんなの全然、正しくない!
「じゃあ、あんたが闘技場で戦って、あたしを救ってよ」
横を見ると、阿佐美がまっすぐに俺のことを見つめていた。
強気な阿佐美のものとは思えないほど、その顔には痛々しさが滲み出ている。
これだけで、阿佐美の置かれている境遇の悲惨さが見てとれる。
「あんたが正義を振りかざしたいって言うのなら、あたしを解放してよ!」
「……俺が勝てば、阿佐美を解放できるのか?」
阿佐美は俺から一切目を逸らさずに、小さく頷いた。
俺の願いが阿佐美の解放ならば、優勝者になることで、その願いは聞き届けてもらえるのだろう。
闘技場にとって不利益になることでも、勝ちさえすれば可能になるらしい。
「…………」
「…………」
しばらく見つめ合っていると、阿佐美が溜息を吐きながら苦笑した。
「無理よね。今日初めて会った相手のために戦うなんて」
「いいよ」
「は?」
阿佐美は自分の耳が信じられないとばかりに、口を開けたまま固まった。
「やるよ。俺は、阿佐美を解放する願いのために戦う」
「……本気なの? あたしとは今日初めて会ったのよ。あんたはあたしに騙されているかもしれないのよ?」
「騙そうとしてる人は相手に、騙されてるかも、なんて言わないだろ」
それに阿佐美自身は気付いていないのかもしれないが、阿佐美の表情が今の話が事実であることを物語っている。
俺のことを笑えないくらい、阿佐美も思考が顔に出るタイプのようだ。
もしもこれですべてが嘘だったなら、阿佐美は大した役者だ。それならそれで、もう俺の完敗でいい。
「騙すつもりの人は、相手に騙されているかもなんて言わない……それはそうかもしれないけれど……」
らしくもなく、もごもごと話す阿佐美に、ただし、と付け加える。
「これは俺の正義のための戦いだ。俺は自分の正義のために戦う。俺の正義が許せないと言ってるから、力を貸すだけだ。だから余計な感謝なんてしなくていい。阿佐美のためじゃなく、俺自身のために戦うんだから」
俺は、自分の子どもを道具のように扱う親が許せない。
そんな親から子どもを引き離したいと思うのは、おかしなことではないはずだ。
「阿佐美の置かれた状況は見過ごせない。だって俺は、正義のヒーローになる男だから!」
「……ははっ、あっはははは!」
俺がヒーローのようなポーズを決めると、もごもごと話していた阿佐美は、腹を抱えて笑い始めた。
「いいね、気に入った! 正義中毒のあんたの正義、あたしが見届けてあげるわ!」
「ずいぶんと偉そうだな」
痛々しいよりは百倍マシだが、同級生に対する態度としてこれはどうなんだとは思う。
「はっはーん? あんたはお姫様タイプがお好みなわけね。じゃあ演じてあげるわ。あんたは大事な相棒だから」
俺の言葉を変な方向に解釈した阿佐美は、器用に目に涙を溜めると、なよなよしながら弱々しい声を出した。
「闘技場に縛られたあたしを助けて、王子様」
「似合ってないぞ」
反射的にツッコんだ。
これまでの阿佐美の言動を知っていると、違和感しかない仕草だ。
「似合っていなくて悪かったわね。初めてやったんだから大目に見なさい」
阿佐美は鞄を漁ると、青地に銀の刺繍が入ったネクタイを取り出した。そしてそのネクタイを俺の首に巻く。
「これは?」
「闘技者であることを示すネクタイよ。校内で闘技者を見つけたら、戦いの約束を取り付けてあたしに言って。闘技場の予約を取ってあげるから。相手が見つからなかった場合は、決闘が出来る日程をくれたら適当に試合を組んでおくわ」
阿佐美はそう言うと、歯を見せてニカッと笑った。
「自己紹介がまだだったわね。あたしは阿佐美鏡花。教室であんたの隣の席の生徒であり、高校の理事長かつ闘技場の主催者である男の子どもであり、これからあんたの相棒になる人間よ!」
「ずいぶんと遅い自己紹介だったな」
「ヒーローは遅れて名乗るものだからね!」
阿佐美が何一つ合っていない台詞で話を締めた。