登校するとすぐに、周囲から突き刺さるような視線を感じた。
俺が東京から来た余所者だから……というのとも違う。
昨日も注目はされていたが、視線の多くは好奇心だった。しかし今日の視線はそれとはまた別のものに感じる。
もっとピリッとする感じと言うか、値踏みをする感じと言うか……。
ドッグランで警戒心の強い犬同士が近付くべきか吠えるべきか考えながら見つめ合っているかのような緊張感がある。
とはいえ俺は誰に見られているのかを把握していないし、人より警戒心が強いわけでもない。
いやそれを言い出したら俺は犬ではなく人間だが。
意味の分からないたとえを出して自分でツッコみながら教室のドアを開ける。
すると俺のことを視界にとらえた目黒が、驚いた様子で駆け寄ってきた。
「相馬君、そのネクタイって」
「おはよう、目黒」
「あ、うん。おはよう……って、そんなことより! そのネクタイは、まさか!?」
目黒は疑問の形で言葉を発したが、このネクタイに反応した時点で答えは分かっているのだろう。
「ああ。闘技者の証だ」
「どうして闘技者になんか!」
目黒の口調には非難めいたものが感じられる。
目黒は昨日から一貫して闘技場に否定的だった。
「なあ、どうして目黒はあの闘技場を嫌うんだ? 確かに賭けが行なわれてることには思うところはあるけど、ただの試合だろ。死ぬわけでもないし」
リング上で倒れても、リングから下りた闘技者は、何事も無かったかのように立ち上がっていた。
あの様子なら阿佐美の言っていた通り、試合中にどんなケガを負っても死にはしないのだろう。
「死ぬか死なないかが問題なんじゃないよ。あの決闘は、暴力で相手の“想い”を奪う戦いなんだよ。そんなの、肯定できるわけがない」
目黒が感情を押し殺しつつ呟いた。
どうやら闘技者のケガの有無ではなく、敗者の“想い”が勝者の武器に吸収されることが、目黒は嫌なようだ。
「どんなに強いとしても、他人の想いを奪う権利なんて誰にも無いんだよ。弱いからって想いを奪われるのはおかしいよ」
目黒の言いたいことは分かる。本来、他人の“想い”を奪う権利は誰にも無い。
しかし“想い”を賭けて戦うと決めた以上、闘技者は負けた場合のことも受け入れないといけない。
それが勝負の場に立つということだ。
「聞きたいんだけど、この高校はいつからこんなことをしてるんだ?」
「……いつからやってるのかは知らない。でも私が入学した頃にはすでにやってたよ」
少なくとも一年以上は続いているということか。
目黒は嫌いな闘技場の情報を積極的に仕入れてはいないだろうから、闘技場の詳細については他の人に聞いた方が良いかもしれない。
「優勝者はまだいないのか?」
「どうだろうね。私より、そのネクタイを着けてる生徒の方が詳しいはずだよ。あとは阿佐美さん」
俺は自身のネクタイを見た。
今日感じた視線はこのネクタイのせいかもしれない。
同じ闘技者が、どこかから俺のことを観察していたのだろう。
「闘技者はこの高校の生徒だけなのか?」
「どこかから闘技者を連れて来て戦うこともあるらしい。よく知らないけど」
この高校の人数は都会の高校と比べるとかなり少ない。
基本的に敗者は再度の決闘が出来ないため、高校に通う生徒だけでは決闘をする闘技者の人数が足りなくなってしまうのかもしれない。
急に目黒が俺の腕を引っ張った。
目黒の顔には焦りにも似た表情が貼り付いている。
「ねえ、相馬君の願いは何? あんな決闘に参加するほどの願いがあったの?」
これに俺は、やや声を潜めて答える。
「俺は阿佐美をあの闘技場から解放したい。具現者は毎回闘技者にキスをしないといけないんだろ。そんなの可哀想だ」
俺の答えを聞いた目黒は、困ったように眉を下げた。
「お人好しが過ぎるよ、相馬君。阿佐美さんとは昨日会ったばっかりだよね?」
「そうだけど、関係が浅いから見逃していい、とはならないだろ。あんなシステムは間違ってる」
「でも多くの人は見逃すんだよ。面倒ごとに首を突っ込むのはごめんだって。自分が損をするからって。他人の理不尽のために戦うなんて、正義のヒーローくらいなんだよ……もしかして、相馬君はあのときの約束を本気で果たすつもりなの?」
そこまで言った目黒は、ハッとして顔を上げた。そして自身の言動を消そうとしているのか手を顔の前でパタパタと動かした。
「あのとき?」
「あのときは、あのときで、えっと、その」
あのときと言われても。一体どの時のことだろう。思い当たる出来事は無い。
「あ、えっと、つまり。阿佐美さんのために戦っても、相馬君には何の得も無いよね? それなのに、どうして?」
「俺は、俺がおかしいと思うから戦うんだ。別に阿佐美のためじゃない。俺の正義のための戦いなんだ」
「うーん? 相馬君の正義のためって言っても、得をするのは阿佐美さんだけだよね? もちろん行動のすべてを損得で決めるわけじゃないだろうけど、あまりにも割に合ってないっていうか……」
俺の言葉を聞いた目黒は、しかし納得はしていないようだった。
そしてとんでもない答えに辿り着いた。
「まっ、まさか! 相馬君、阿佐美さんに一目惚れしたの!?」
「……逆に聞くけど、阿佐美のどこに一目惚れするんだ? あんなに偉そうな態度なのに」
「阿佐美さんって涼しげな美人だから、あの性格もアリな気がする。美人の下僕になりたい性癖の人なんかはああいうのが大好物だよね?」
大好物だよね?と聞かれても、俺にはそんな性癖は無いから分からない。
相手が美人だろうとそうでなかろうと、誰かの下僕になるのは普通に嫌だ。
これ以上おかしな方向に話が進む前に、俺は目黒に自分を取り巻く境遇について話すことにした。
隠そうと思っていたが、このままでは目黒を納得させられないと思ったからだ。
「俺はさ、親父が不倫して母さんと俺を捨てたから、この町に戻ってきたんだ」