「えっ……そう、だったんだ」
俺が突然自分語りを始めたことに目黒は面食らっているようだった。しかもこんな内容だ。戸惑うのも無理はない。
しかし俺は気にせずに続ける。
「今は母さんと一緒に、母さんの実家に転がり込んでる状態だ。親父はさんざん母さんを傷付けたくせに、慰謝料も養育費も、微々たる額しか振り込んでない。無い袖は振れないとかふざけたことを言ってさ」
親父は不倫相手に散々貢いでいたようだから、金が無いというのは本当のことだろう。
しかし、だからと言って払うべき金を滞納するのは褒められた行為ではない。
そもそも金が無いのなら、不倫なんかしなければ良かったんだ。母さんを裏切らなければ良かった。
結婚式で母さんだけを愛すると誓ったのだから、誠実であり続けるべきだった。
「俺は親父と違って、正しく生きたい」
俺は誰も傷付けずに正しく生きる。母さんのような被害者を出しはしない。俺は親父とは違うから。
親父と正反対の生き方をして幸せになることが、親父への復讐だ。
幸せいっぱいの状態で、落ちぶれた親父を笑ってやることで、俺の気はやっと晴れるんだ。
「……そんなことが、あったんだね」
目黒が呟くように言った。
どうやら俺の気持ちは目黒に伝わったらしい。正しく生きたいという俺の想いが。
その証拠に、闘技者になった俺を非難するような感情の混じっていた目黒の目が、優しさに満ちたものへと変わっている。
「困ったことがあったら何でも言ってね。そうだ、迷惑じゃなければ、私が相馬君のお弁当を作るよ。うち、ご近所さんから野菜をいっぱい貰うから、食べ切るのが大変なくらいなんだ。それにお弁当を一個作るのも二個作るのも、労力は大して変わらないし」
「お人好しなのはお互い様だな」
思わず笑ってしまった。
俺のことをお人好しだと言うくせに、目黒だってかなりのお人好しだ。お前が言うなって感じだ。
「私のはお人好しだからじゃなくて、相手が相馬君だからで、打算的と言うか……」
「どんな打算があったとしても、他人である俺の弁当を作ってくれるなんて、俺には目黒がお人好しに見えるよ」
「他人……じゃなくて、えっと、友だちが良いな。せめてクラスメイトとか……」
目黒は、目黒と俺が他人だという発言が気になったらしい。まだ転校してきて二日なのにもう友だちとは、目黒はずいぶんとフレンドリーな性格のようだ。
せっかくの申し出を断るのも失礼なので、ありがたく友だち認定を頂くことにした。
「じゃあ友だちの目黒、俺の弁当を作ってくれるっていうのは本当か?」
「うん! あっ、私にお弁当を作られるの、迷惑じゃないかな?」
「まさか。すごく助かる。ありがとう」
「えへへ」
俺が礼を言うと、目黒は照れくさそうにしながら自身の髪を触った。
髪を使って自身の顔を隠そうとしているのかもしれない。
しかし目黒の髪が短いせいで、その試みは失敗している。はにかんだ顔が丸見えだ。
「なあ目黒。弁当の礼に、俺にしてほしいことはあるか?」
「何もしなくていいよ。私が作りたいから作るだけだもん」
「だけど」
俺が食い下がると、目黒は胸の前で両手をパンと鳴らした。
「じゃあ、私の作ったお弁当を残さずに食べて。それが私に対するお礼だよ」
それはあまり礼になっていない気がする。出された料理を残さずに食べることは当然のマナーだ。
そんなことを弁当を作る対価にするなんて、やっぱり目黒は俺以上のお人好しなのかもしれない。
「この高校に目黒がいて本当に良かっ……」
「お話し中にすみません。少しいいですか」
後ろから声をかけられたため振り返ると、そこにはメガネの男子生徒がいた。
男子生徒の胸元では、闘技者のネクタイが揺れている。
「君は昨日、闘技場で戦っていた……」
「僕のことを知ってるんですね。それなら話は早いです。ご存知かもしれませんが、僕の名前は仁部俊樹です。さっそくですが、堀田相馬君。僕と決闘をしてください」
仁部と名乗った男子生徒は、昨日参考書を武器にして戦っていた闘技者だった。