剣道部の稽古を見ながら、ボーッと考えごとをする。
決闘を申し込んできた仁部は、優等生を絵に描いたようなやつだった。
闘技場で戦っていたから血の気の多い生徒かと思っていたが、礼儀正しく決闘を申し込まれ、丁寧にスケジュールを確認されて、とても和やかに決闘の日時が決まった。
あまりにも和やかだったため、決闘をする日程決めをしているというより、一緒に遊びに行く日程を決めているようにすら感じられた。
決闘が決まってからも仁部は特に俺を敵視してくることはなく、何事も無いまま平和に一日の授業が終わった。
仁部のことが気になって授業中に観察をしていたが、放課後に決闘が控えているとは思えないくらい、真面目に授業を受けていた。授業後には先生に質問までしていた。
そんな人物とこのあと戦うなんて、イマイチ実感が湧かない。
「また見学に来たんですね。えっと、恵奈先輩の知り合いの先輩っ」
「堀田相馬だよ。覚えなくてもいいけど」
武道場の端で稽古を見学していると、花林ちゃんが近寄ってきた。
「堀田先輩って今日決闘をする予定ですよねっ。こんなところで油を売ってていいんですか?」
「決闘まではまだまだ時間があるから。高校の周辺って、コンビニくらいしか時間を潰す場所が無くて……だったら剣道部の活動を見てる方が楽しいよ」
「決闘のために静かな場所で精神統一っ!とかはしないんですか?」
「さすがに何時間も集中はしてられないよ。むしろそんなに集中してたら、決闘が始まった頃には疲れ果ててるよ」
花林ちゃんは剣道の面を外して俺とお喋りモードに入ってしまったが、咎める者はいない。ここの剣道部はあまりスパルタな活動方針ではないのだろう。
しかし花林ちゃんが稽古をサボってお喋りをしている一方で、鬼気迫る様子で稽古に打ち込んでいる生徒もいる。
「目黒、気合い入ってるな」
「恵奈先輩は県大会に出るので、最近はいつも以上に稽古に熱が入ってるんですっ」
一目見て分かるほどに目黒の稽古には熱が入りまくっており、一緒に稽古をする部員全員が目黒の圧に押されている。
「目黒って強かったんだな」
「強いですよっ。県大会でもいいところまで行くと思います。それこそブロック大会や全国大会に進んでもおかしくないですっ」
花林ちゃんは自分のことのように誇らしげにしている。
「県大会には花林ちゃんも出るのか?」
「恵奈先輩が出るのは個人戦だから、花林は関係ないです。花林は地区大会で負けちゃいました。団体戦も県大会へは行けなかったんですよね。だから県大会まで進んだのは恵奈先輩だけなんです。花林ももっと試合がしたかったです」
花林ちゃんは頬を膨らませ、しかしすぐに頬に溜めた空気を抜いた。
「でも部員みんなで恵奈先輩を応援しに行くんです。花林、応援なら誰よりも上手い自信がありますよっ」
花林ちゃんは道着を腕まくりして力こぶを作ってみせた。応援に力は必要ない気がするが。
「目黒は剣道に、花林ちゃんは応援に、気合いが入ってるんだな」
「応援の力は馬鹿に出来ませんから。大きな声で応援して、恵奈先輩の背中を押すんですっ」
「花林ちゃんは目黒のことが大好きなんだな」
俺の言葉に、花林ちゃんは大きく頷いた。
「恵奈先輩は花林の憧れなんですっ。強くてカッコイイですからっ」
確かに今の目黒は強くてカッコイイという評価がピッタリだ。
しかし稽古をしていないときの目黒の評価としては、強くてカッコイイは違和感がある。
「今はそうだけど、普段の目黒は真逆の印象だな」
「あー。普段の恵奈先輩は、強くてカッコイイというよりは、優しくて可愛い印象ですからね。そのギャップがまた素敵なんですがっ」
普段の目黒が稽古中とは別人のようだという意見には、花林ちゃんも賛成のようだ。
しかしそのギャップが素敵だと言いつつ、花林ちゃんは急に浮かない顔になった。
「どうかした?」
「恵奈先輩が素敵なのは良いことなんですけど、そのせいで悪い虫が付いちゃってるんですよね」
「悪い虫?」
花林ちゃんの浮かない表情は、だんだんと怒りを孕んだものへと変わっていった。
「恵奈先輩に付きまとってる輩がいるんですよ。恵奈先輩にフラれたのに、全然諦めなくて。部活が終わるのを待ってることもあるんです。そんなことをしたら余計に嫌われるだけなのに。ストーカーの思考回路はよく分かりません」
「ストーカーって……目黒は平気なのか?」
ニュースで、ストーカーに刺される事件をたまに見る。
目黒のストーカーがそういう過激な相手なら、早めに対処をした方が良い。
「警察には相談したのか?」
「それが、高校生同士のゴタゴタに警察は介入できないって言われたらしいんです」
どうやら目黒のストーカーは、俺たちと同じ高校生らしい。大事な青春はもっと有意義に使えばいいのに。ストーキングで青春を消費するなんて、誰一人得をしない。
当然のことながらストーキングされている側は怖いだろうし、ストーキングをしている側だって得られるものは何も無い。
いや実際にはストーキング相手の隠し撮り写真を入手することは出来るのかもしれないが、相手の気持ちは決して手に入らない。
ストーキングなんて馬鹿なことをしなければ、相手の気持ちが手に入り、相手と自分とのツーショット写真も手に入るかもしれないのに。
「最近は花林が恵奈先輩のナイトになってるんですっ」
花林ちゃんが胸を張りつつ、その胸を勢いよく叩いた。
「恵奈先輩は花林が守っ、うえっ、げほっ」
あまりにも勢いよく叩いたせいで、むせたようだ。
「花林ちゃんにナイトが務まるかなあ?」
「あーっ! 今、花林のことを馬鹿にしましたね!? 花林だって、やるときはやるんですよっ!?」
ぷりぷりと怒る花林ちゃんはとても可愛らしく、姉である阿佐美とは全く似ていない。
「俺も目黒がストーカーに何かされないか目を光らせておくよ」
「よろしくお願いしますっ。実は花林一人で恵奈先輩を守り切れるか心配だったんです」
俺も腕っぷしは強くないが、それでも通報することは出来る。
いざというときに素早く通報できるよう、帰ったら通報の練習でもしておこう。