「ごめんね、相馬君。びっくりしたよね。黙っててくれてありがとう」
完全に沢村の姿が見えなくなってから、目黒がやっと俺に話しかけた。
「口を挟まないように頼まれたからな。頼まれてなかったら、絶対に何か言ってた」
「あはは。相馬君ならそうすると思ったから頼んだんだ。あの人と関わっても良いことなんか一つも無いもん。関わらないのが正解だよ」
そう言った目黒は、疲れたように溜息を吐いた。
「目黒に付いてる悪い虫ってのは、今の人か」
「悪い虫って……うん。今のは三年生の沢村先輩。ちゃんと告白をお断りしたんだけど、どうしても受け入れてくれなくて」
「諦めの悪い男って最低ですよねっ」
憤慨している様子の花林ちゃんは、しかし、同時に表情を曇らせている。
「でもマズいことになりましたね。あいつが闘技者になったなんて。あいつの願いは恵奈先輩と付き合うことみたいです」
正攻法で目黒と付き合えないからといって、闘技場で優勝した褒美として恋人になろうだなんて、カッコ悪すぎる。
そこは「闘技場で優勝したら俺と付き合ってくれ」と目黒に頼んでおいて、優勝した後に正々堂々と告白をして恋人になる流れだろうに。
……たとえ優勝したとしても、目黒は沢村の告白を断るだろうが。
しかし、だからといってこれは無い。
「というか。あいつ、目黒が絶対に断らないと思ってるみたいだったけど……優勝者の願いで恋人に任命されたら、本人が付き合いたくないって言ってもダメなのか?」
「ダメでしょうね。洗脳催眠、外堀埋め、親の仕事を脅迫に使用される可能性もあります」
「何でもアリだな」
「何でもアリなのが、あの闘技場なんです」
どうやらあの闘技場は、本当にどんな願いでも叶えてくれるようだ。
それだけに闘技者がよこしまな願いを持っている場合は、非常にたちが悪い。
権力者の手に掛かればどんな願いでも叶えられるなんて、夢があるのか無いのか。
そして思っていたよりも目黒を取り巻く状況は深刻なようだ。
「それにしても。あいつ、目黒とはだいぶ系統が違うように見えたけど、目黒はどこであんな輩に目を付けられたんだ?」
俺の疑問を聞いた花林ちゃんが、こてんと首を傾けた。
「堀田先輩は知らないんですか? 恵奈先輩は去年ミスコンに出てたんですよ」
初耳だ。
驚いて目黒の方を見ると、目黒は顔を真っ赤に染めていた。
「ミスコンって言っても、ミスコン主催者の知人を出演させただけの催しだから……大学のミスキャンパスの真似事って言うか……それに私はグランプリでもないし……」
「花林はミスコン候補者たちの写真を見て、絶対に恵奈先輩がグランプリだと思いましたよ。組織票って怖いですねっ」
花林ちゃんは本気でそう思っているようで、憤慨しながら組織票を入れていそうなクラスや部活動をあげていった。
「組織票があったかは知らないけど、ミスコンで顔の広いやつが有利なのは分かるかも。可愛さだけで考えると、目黒はグランプリの器だと思うし」
「そ、相馬君までそんなことを言って。私は平凡だよ」
「いいえ、花林は忘れてませんよ。ミスコンの後に恵奈先輩が毎日いろんな人に告白されていた事実をっ!」
花林ちゃんが、犯人を名指しする名探偵よろしく、ビシッと人差し指を目黒に向けた。
「そんなこと誰に聞いたの!? 花林ちゃん、去年はまだ高校に通ってなかったよね!?」
「剣道部の先輩たちですっ。去年は恵奈先輩とお近づきになりたくて剣道部に入った生徒も多かったとか。そういう人たちは、もう部活に来なくなっちゃったらしいですが」
それはそうだろう。
チャラチャラした目的で入るには、剣道の稽古はハードだし初期費用も高い。
続けるためには、剣道自体に興味があることが必須になってくる。
「花林ちゃんってば。毎日は言いすぎだよ。それに結局、誰とも付き合ってないし」
大勢に告白されたことは事実のようだ。
まあ、そうだよな。目黒は可愛いし、性格も良さそうだから。
「でも恵奈先輩が誰とも付き合わなかったことで、より一層、清純派のイメージが付いたんですよねっ。部活一筋の剣道美少女って感じの」
花林ちゃんは目黒の謙遜を許さない姿勢のようだ。
目黒がいくら謙遜をしても、その上を行く褒め言葉を並べていく。
「ただ残念ながら、それが沢村先輩の好みにヒットしたらしくて……もっと自分に合ったチャラい女に惚れればいいのに」
「自分の見た目と好きなタイプは別物だから、惚れたことに関しては許してあげようよ。フラれたのに付きまとってることに関しては最低だけどさ」
「堀田先輩も自分とは別系統の女の子が好きなんですか? あざとい系とか?」
いや確かに俺はあざとい系ではないけども。
そもそも男であざとい系は少ない気がする。
「えっ。相馬君ってあざとい系が好きだったの?」
目黒が目をぱちくりとさせながら驚いているが、特にあざとい系はタイプではない。
どちらかというと逆だ。
「俺は自然体でいる人の方が好きかな。自分らしく生きてる人がタイプだ」
「ああ、たまにいますよね。人間は自然体でいるべきだって、わき毛や鼻毛をそのままにしてる人」
花林ちゃんがあまりにも極端な例をあげてきた。
そこまでの自然体は求めていないのだが、言ったそばから好みのタイプを変えるのもどうかと思い、黙っておく。
「相馬君の好みは、自然体で自分らしく、わき毛……」
「わき毛は求めてないからな!?」
黙っておこうと思ったが、目黒が花林ちゃんの言葉を真に受けているようだったので、さすがに訂正することにした。
好みは人それぞれだが、根も葉もない噂を流されるのは困る。
「あっ。話が逸れちゃいましたが、沢村先輩はどうしましょうか」
花林ちゃんがわき毛に逸れた話を本筋に戻した。
「……私、いい加減に諦めてくれないか、時間をかけて沢村先輩を説得してみる。きっとこれまで以上にじっくり丁寧に話せば分かってくれるよ」
目黒が理想論を口にすると、花林ちゃんは大きく首を横に振った。
これに関しては俺も花林ちゃんに同意だ。
沢村とは今日が初対面だが、話して分かる相手ではないことは理解した。
「恵奈先輩は甘いです。話しても分からないから付きまとってるんですよ。絶対に二人きりでは会わないでくださいねっ!?」
「でも、頑張って説得したら……」
「俺も花林ちゃんの意見に賛成だな。話して分かるような相手は、そもそもストーカーにはならないだろ」
花林ちゃんと俺の二人に甘いと言われた目黒は、それ以上何も言わなかった。