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第14話


「…………おっと」


 ふとスマートフォンを見ると、六時四十五分になっていた。

 観客として行くなら七時ギリギリでもいいだろうが、闘技者として参加するならもう闘技場にいないといけない時間だろう。

 阿佐美からは特に何も言われていないが、もっと早くに行くべきだった可能性もある。


「そろそろ、何でもアリの闘技場に行く時間だ」


「時間が無かったのに引き留めちゃってごめんね」


「俺こそ力になれなくて、ごめん。沢村がいるとき、目黒はわざと俺を会話に入れないように気を遣ってくれてたのに。俺の方は何も出来なかった」


 俺がそう言うと、目黒は首を横に振った。


「相馬君が私の彼氏だって勘違いをされたら、相馬君も私も危険だと思ったんだ。沢村先輩に何をされるか分からないって。私自身のためでもあったから、気にしないで」


「ありがとな」


 目黒に笑いかけると、目黒が小さく頷いた。

 そして遠慮気味に尋ねる。


「相馬君は、本当に闘技場へ行くの?」


「ああ。約束したからな」


 俺は闘技場へ行き、勝利する。闘技場に縛られている阿佐美を解放すると約束したから。

 そのために、その正義を貫くために、俺は戦う。


「……じゃあ、相馬君は阿佐美さんとキスするんだ。具現者である阿佐美さんと」


「それは、まあ」


 闘技場で戦う以上、そういうことになるだろう。


「素数を数えるんだよ」


「え?」


 目黒が突然おかしなことを言い出した。

 どういうことだと首を傾げると、目黒はさらに念を押してきた。


「キスしてる間は素数のことだけ考えて。それ以外のことは考えちゃダメだから!」


「なんだそれ」


「絶対絶対、素数のことを考えてね!」


「分かったよ……」


 目黒の勢いに負けた俺が了承すると、目黒はいろいろと思うところはあるのだろうが、手を振って俺を送り出してくれた。



   *   *   *



 闘技場への階段を降りると、扉の前には腕を組んだ阿佐美が立っていた。どうにも不機嫌そうに見える。


「やっと来たわね」


「もっと早く来た方が良かったか?」


 扉を開けて中に入る阿佐美に尋ねると、阿佐美は肩をすくめた。


「決闘の開始時刻までに間に合うならあたしは何でもいいわ。ただ、そうね。精神を集中させるために早めに来る闘技者が多いわね。この時間に来る人はかなり珍しいわ。逃げたのかと思ったわよ」


「対戦相手の仁部は?」


「とっくに来ているわよ。一時間以上前に闘技場内に入ったわ」


「へえ……って、え!? 阿佐美は一時間以上も前からここにいるのか!?」


 俺が驚いて尋ねると、阿佐美は顔だけをこちらに向けた。


「あたしが不機嫌な理由が分かった? 待つことも具現者としての仕事の内だとは思っているけれど」


「あらかじめ集合時間を教えてくれたらその時間に来たのに」


「決闘のどのくらい前に闘技場入りしたいかは闘技者によるでしょ。それに集合時間を決めると、時間を気にし過ぎてベストコンディションで来られない闘技者もいるのよ。だからあたしは闘技者の好きにさせているの」


 俺としては相手を待たせているかもしれないと思うよりは、集合時間を決めてくれた方がありがたい。

 いや、相手を待たせているかもしれないのに、決闘開始の十五分前にやっと出発した俺が言うことではないのだが。





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