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第16話


「よし、作戦通りに」


 先手必勝と、俺は仁部に向かって剣を構えつつ突っ込んでいった。

 仁部は俺の速攻に驚いたようだったが、仁部も決闘開始と同時に呪文を唱えていたらしく、すぐに仁部の前には図形の盾が形成されてしまった。


「……くっ」


 図形の盾を剣で突き刺すが、その間にも新たな図形の盾が形成される。


「決闘開始直後の攻撃に対応するために毎回盾を作っておくんですが、まさか初戦の君が速攻で攻撃をしてくるとは思いませんでした」


「初戦こそ速攻が有利だからな。相手が俺の武器を分析する前に倒しちまうのが一番楽だ」


「その通りですが、まずは僕の話を聞いてはくれませんか?」


 仁部は会話の隙間にも呪文を唱えていたが、すべてが盾を出現させるための呪文だったようで、俺に対する攻撃はまだ一度も行なわれていない。

 ちなみに近付いたことで仁部の唱える呪文が聞こえたが、数学の式のようなものを唱えていた。男子高校生に魔法少女の使いそうな呪文は酷だから、対戦相手ながら少しホッとした。


「堀田君、僕と会話をしましょう」


「決闘中にする話って何だよ。買収か?」


「そんな汚いものではありません。本格的にやり合う前に、お互いの“想い”を伝えておきたいんです」


 仁部が真面目な顔で言った。

 決闘中にお喋りをする行為は不真面目とも取れるが、仁部にふざけている様子は微塵も無い。


「何でそんなことをするんだよ」


「もしかして、知らないんですか?」


 仁部が憐れなものを見るような目で俺のことを見つめた。


「知らないって、何を?」


「……知らない方が戦いやすいだろうという、君の具現者の采配なのかもしれません。真実を伝えて揺さぶるのもアリですが、僕自身にも真実を伝えた罪悪感というダメージが入りそうなので止めておきます」


「教えてもらえないのも気持ち悪いんだけど!?」


 仁部があまりにも戦う意志を見せないため、俺も攻撃の手を止めて会話に付き合う。

 戦意の無い相手を攻撃するのは、俺の正義に反するからだ。

 とはいえ、いつ不意打ちをされても対処できるように、気だけは張っておく。


「さあ“想い”を伝え合いましょう。自分から伝えるのが礼儀だと思うので、僕からお伝えしますね」


 そう言って仁部は、楽しそうに自分の“想い”を口にした。


「僕の“想い”は、国立大学に合格することです。もちろん自分の力だけで合格できるように勉強するつもりですが、いつだって不測の事態は起こるものです。体調不良に陥ったり、事故や事件に巻き込まれたり。そういった場合の保険として、大学合格の願いを叶えてもらうつもりなんです」


「自分の実力だけで合格した場合はどうするんだ?」


「それならそれで良いんです。むしろそれが一番です」


 仁部はにこにこと自分の“想い”を話している。決闘中とは思えない立ち振る舞いだ。

 これまでの対戦相手とも仁部はこのような会話をしていたのだろうか。


「国立大学に入学したら、大学での授業を最大限に吸収して研究者の道を進むつもりなんです」


「それは大層な夢だけど、大層な夢だからこそ、自分の力で叶えなくちゃいけないんじゃないのか?」


「言ったでしょう。願いを叶えてもらうのは保険だと。保険があると思うだけで、緊張がほぐれて良い結果に繋がるんです。つまるところ、僕は保険のために戦ってるんですよ」


「保険、か」


 願いの形は人それぞれとは思うが、仁部の願いはずいぶんと謙虚だ。

 国立大学に合格させてほしいと願えば、それだけで試験を受けずとも大学に合格させてもらえるだろうに、仁部はあくまでも自分の力で受験をしようとしている。

 “想い”は強いが、願いはささやかだ。

 応援すらしたくなる……対戦相手ではなかったら。


「堀田君は? 君の“想い”は何ですか?」


 仁部に俺の“想い”を伝えるか迷ったが、ここまで明け透けに“想い”を暴露してもらったのに、俺の方は教えないというのは不公平な気がした。

 とはいえ、俺の“想い”は闘技場の不利益になるものだ。

 他の人には聞かれたくないため、盾を挟んだ状態でなるべく仁部に近付いて小声で伝える。


「俺の“想い”は、阿佐美をこの闘技場から解放することだ」


「阿佐美さんを解放? 堀田君は阿佐美さんと昔からの知り合いだったんですか?」


 当然の疑問だ。

 まさか初対面の相手を解放するために戦うとは思わないのが普通だろう。


「阿佐美とは会ったばかりだけど、どう考えてもこんなシステムはおかしい。戦いなら闘技者だけでやればいいだろ」


「闘技者だけでは戦えませんよ。彼女たちに“想い”を武器にしてもらわないと決闘が成立しませんから」


「武器なんかいくらでもあるだろ。わざわざこんな不思議な武器に頼らなくても」


「……君は何も知らないんですね。闘技者がいるから彼女たちがいるのではありません。まるっきり逆です。彼女たちがいるから、闘技者を集めて決闘をしてるんです」


 そう言って大きく息を吐いた仁部は、参考書を構えた。


「とにかく。君の“想い”は、確かに受け取りました。では、決闘を再開しましょうか」


 俺は仁部から飛び退いて距離を取ると、剣を構え直した。


「ああ。ここからが本番ってわけだな」





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