仁部が参考書をめくり呪文を唱え始めたため、勢いよく距離を詰めて剣を振りかぶる。
剣は竹刀と違って相手を刺すような使い方が正しいのだろうが、いきなり慣れていないことをするのは難しい。それは先程の一撃で学んだ。
俺は中学までしか剣道をしていないため、突きを習っていない。だからやっぱり俺には打撃が一番合っている。
「やああーーっ!」
仁部の周りに浮かんでいる図形の盾を叩き割る。
仁部はどんどん盾を出現させているが、気にせずに攻撃を続ける。
しばらくすると仁部は盾を出すことをやめ、代わりにアルファベットを出現させた。前回の決闘で対戦相手を押し潰した攻撃だ。
前回の対戦相手は、飛んでくるアルファベットすべてを消そうとして失敗していた。
だから俺はこのアルファベットを出来るだけかわしてやり過ごす。
「汎用性の高い武器とは言っても、さすがに図形の盾とアルファベットを交互に出すことは出来ないみたいだな」
すでに出現していた図形の盾はそのまま存在しているが、現在新たに出現しているのはアルファベットだけだ。
攻撃しつつ防御を固めた方が勝率は高くなりそうなのに、仁部は今、攻撃のみを行なっている。
これは俺の予想だが、呪文が違うだけではなく、他にも図形とアルファベットを出す際の何らかの条件が違うのだろう。
そしてそれは簡単にはスイッチングが出来ない。
「前回と同じようにはいかないみたいですね。ですが……僕は、負けません!」
「俺だって、負けるつもりなんか無い!」
俺はアルファベットを避けた勢いのまま、図形の盾を攻撃した。
そして盾が消えた瞬間に仁部を直接攻撃する。
「そこだっ!」
これはすんでのところで避けられた。
俺の攻撃を避けた仁部がアルファベットを俺に向かって飛ばしたが、俺はまたアルファベットの隙間をすり抜けて仁部に攻撃を繰り出す。
この攻撃は仁部にかすったものの致命傷にはなっていない。仁部は意外と反射神経が良いようだ。
「やはり図形の盾じゃないと防げませんね。それなら!」
仁部は急いで参考書のページをめくって図形の盾を出現させようとしたが……間に合わなかった。
俺は勢いよく仁部に飛びかかると、振りかぶった剣を振り下ろすと見せかけて、剣先ではなく剣の柄で仁部の胸を力いっぱい突いた。
「これでどうだっ!」
振り下ろされた剣にタイミングを合わせて避けようとしていた仁部は、予想外の攻撃をもろに食らった。
柄とはいえ、飛びかかった勢いを乗せた攻撃だ。相当痛いだろう。
「かはっ、けはっ」
リング上に倒れた仁部が苦しそうに咳き込んだ。
その仁部の喉元に剣を突きつける。
「やっぱりすぐにはスイッチング出来ないみたいだな……なにっ!?」
ここで今度は俺にとって予想外のことが起こった。
空から大量の墨汁が降ってきたのだ。
どうやら仁部が最後に唱えていた呪文は、図形の盾を出すものではなく、墨汁の目くらましだったらしい。
しかし一歩遅かった。
あと少し早くこの墨汁が降っていたら状況は変わっていたかもしれないが、俺の攻撃を受けた仁部はすでに倒れていて、起き上がることが出来ないようだ。
もう仁部にはこれ以上の戦闘は無理だろう。
俺は墨汁の雨が止んでから、仁部に話しかけた。
「最後に教えてくれ。図形とアルファベットと墨汁を出現させる条件は何だったんだ? スイッチングが出来ないってことは、別々の呪文を唱えるだけじゃないんだろ?」
かろうじて意識を保っていた仁部に尋ねると、仁部は小さな声で呟いた。
「僕の武器が力を発揮する条件は、参考書の問題を解くことです。ですので、英語と数学と国語の問題を次々に解くのは脳の処理が間に合わず……僕の実力不足ですね」
「いや戦闘中に問題を解いてたことが驚きだよ!? 並の集中力じゃないだろ!」
そんなことの出来る仁部なら、自分の力で希望の大学に合格できるに決まっている。
たとえ体調が悪いまま試験を受けたとしても、余裕で合格するはずだ。
だってどう考えても、戦いながら問題を解くよりは簡単だろう。
「お前はすごいよ。煽りとかじゃなくて、心からそう思う」
「…………無念、です」
そう言い残して仁部は意識を失った。
その瞬間、勝敗がついたことを告げるドラが鳴らされた。