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第19話


「キメラ?」


 言われて阿佐美を眺めたが、どこからどう見ても人間にしか見えない。ツノも無ければ尻尾も無い。俺と同じ人間だ。


「あたしは試験管ベビーなの。しかも試験管の中では精子以外のいろんなものを混ぜられた。何を混ぜられたのかは誰も教えてくれないけれど。そうして出来上がったのが、具現者としての能力を持つあたしってわけ」


「ええと、お姉さんと花林ちゃんもか?」


「そう。不幸なことに、三人とも成功したからね。もちろん、成功するまでにはたくさんの失敗があったそうよ。生まれる前に死んでしまったり、生まれてもすぐに寿命が尽きてしまったり、逆に健康体なもののただの人間になってしまったり、ね」


 あたしもそのどれかの方が幸せだった、と阿佐美が自虐を言った。


「何の能力が目覚めたのかを把握するために、幼少期からたくさんの実験が行なわれたわ。先に姉さんが具現者としての能力に目覚めていたから、あたしは姉さんと同じ能力だと分かった時点で実験が終了したけれど。姉さんはあたしよりもずっと惨い実験をさせられたみたい。そのせいなのか、姉さんは抵抗する意志を持っていないの。何にでも従ってしまうわ」


 阿佐美の姉のことは闘技場でしか見ていないから、よくは分からない。

 しかし姉のことを語る阿佐美の顔は苦痛に歪んでいる。

 それほどまでに、阿佐美の姉は自分の意志を失っているのだろう。


「……そんな非人道的な実験はすぐに表沙汰になるだろ」


 阿佐美の話は、あまりにも人権を無視している。阿佐美たちは、まるで実験動物のような扱いだ。

 昔ならいざ知らず、情報伝達媒体の発展した現代でそんなことが見過ごされるはずがない。


「金と権力は何でも可能にするし、事実も隠し通せるのよ」


 阿佐美は遠い目をしながらそう言った。


「元からあたしの父はこの町の権力者だったからね。父に逆らったらこの町では暮らしていけない。この町のみんなはそのことを理解しているのよ」


「この町は限界集落ってほど人口が少なくはないだろ。それなのに全員が理事長の行為を黙認してるのか?」


 確かにこの町は都市部とは人口がまるで違うが、それでも数十人の村というわけではない。高校でさえ百人弱の生徒が通っている。

 そして彼らにはそれぞれ家族もいる。この規模の人数の口止めなど出来るはずがない。


「これだけの人数が住んでるんだから、誰かがSNSに書き込むだろ」


「SNSに書き込まれたとして、あんたは信じるの? 高校の理事長が人体実験をしている、なんて頭のおかしな投稿を」


「それは……」


 きっと信じない。

 どこかの目立ちたがり屋か陰謀論者が書き込んだデマだと考えて、真面目には受け取らないだろう。


「それに、どの企業も辿っていくと父に辿り着くのよ。いくつもの企業に出資をしているから、すぐに圧力がかかるわ。その上警察とも繋がっていて、逆らった相手を殺したとしても揉み消すことが出来るのよ」


 にわかには信じられない話だ。当事者になっていなければ笑い飛ばしている。

 しかし闘技場を自分の目で見て、あの不思議な武器を自ら扱った今、阿佐美の話を嘘だと切り捨てることは出来ない。

 世の中には、俺の知らないことが山のようにある。

 とても信じられない荒唐無稽な話だったとしても、信じられないからあり得ない、とは言えないのだ。


 ……と思ったところで、阿佐美が口の端を上げた。


「なんてね!」


「へ?」


「今の話、厨二病っぽかった? 厨二病を患っているのよ、あたし」


 阿佐美はその場でくるりと回ると、片目を押さえるポーズをした。

 そしてキリッとした顔で言い放つ。


「闘技場のキメラであるあたしは邪眼を持っている!」


「え。今の話、嘘なの?」


「見える! 見えるわ! 三つ首の竜が空を優雅に飛び回っている!」


 阿佐美が片手を空にかざしながら、見えない竜を目で追いかけた。

 そのとき、遠くから聞き覚えのある声が響いてきた。


「今の声は相馬かー? 帰ったのかー?」


 爺ちゃんだ。

 俺たちはいつの間にか、俺の家の前に到着していたらしい。


「ほら、見えるでしょう!? 自由に空を泳ぐ竜の姿が!」


 爺ちゃんの声がするにもかかわらず、阿佐美は厨二病を続行している。


「はっはっは。今日は竜日和じゃのう、相馬」


 待ってほしい。

 耳が遠いせいで誰が喋っているのか声の判別が出来ないことは分かるが、しかし発言の内容で、俺の発した言葉のわけがないと気付いてほしい。


「はっ!? この飛び方は! 三つ首の竜が人間に怒っているわ。人間が自然を破壊したって」


「やはりそうか。儂もそうじゃないかと思っておったんじゃ。はっはっは」


 やめてくれ。

 俺は三つ首の竜が飛び回っているなんて厨二病な台詞は言っていない!

 変な返事をしないでくれ、爺ちゃん!


「ふふっ。じゃあまた明日、学校で。校内であんたと喋るつもりはないけれど」


 阿佐美は厨二病の真似をパタッとやめてそう言うと、スマートフォンでどこかに連絡をしながら去っていった。

 家に帰った俺は、爺ちゃんと三つ首の竜について討論する羽目になった。





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