翌日の昼。購買へパンを買いに行こうとすると、目黒に呼び止められた。
「待って、相馬君。どこに行くの?」
「どこって、購買だけど」
「…………」
早く行かないと人気のパンが売り切れてしまうのだが、目黒はなかなか次の言葉を発してくれない。
「とりあえず購買に行ってもいいか? 話はパンを買ってから聞くから」
「……あのね! 私、相馬君の分もお弁当を作ってきたの!」
意を決したように目黒が大声を出した。
教室内の数人が振り向いたが、目黒は気付いていないようだ。
しかし、そんなことよりも。
「本当に作ってくれたのか!?」
「作るって言ったじゃん」
確かに言っていたが、まさか本当に作ってきてくれるとは思わなかった。
「目黒は社交辞令で言ったのかと思ってた」
「社交辞令でお弁当を作るとは言わないよ」
目黒は自身の机に戻って二つの弁当箱を持ってくると、そのうちの一つを俺に渡した。
「あんまり美味しくないかもだけど……」
「ううん、ありがとう。嬉しいよ」
ありがたく目黒の手作り弁当を受け取り、ふたを開ける。
一段目に入っていたのは、唐揚げと煮物ときんぴらごぼう。二段目には海苔とおかかの乗った白米。別で用意された小さなタッパーには、カットされたリンゴが入っている。
「茶色いな」
我ながらものすごく失礼な感想が口から出てしまった。
この言葉に目黒の弁当を貶す意図は一切無く、単に視覚情報を口に出しただけなのだが、彩りが悪いと聞こえてしまってもおかしくない発言だ。
現に目黒は恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にしてしまった。
「自分の好きな物を入れたらこうなっちゃって。もっと見栄えのことを考えれば良かったね。茶色くてごめんね」
「いや、これがいいんだよ。旨いものは大抵茶色いから!」
慌ててフォローを入れる。そしてこれは本心だ。旨いものは茶色いと相場は決まっている。
「そっ、そうだよね!? 唐揚げも煮物もきんぴらも焼きそばもアーモンドやチョコレートだって茶色いもんね!?」
「茶色は最高だな!? 食事はやっぱり茶色に限るな!?」
「もはや茶色くないお弁当はお弁当じゃないよね!?」
なんだか変な会話になってきた気がするが、構わずに突っ走る。
「その通りだな! ステーキも焼肉もすき焼きも牛丼も全部茶色いしな!?」
「なるほど。相馬君は牛肉が好きなんだね」
あ。うっかり牛肉のことばかり言ってしまった。
確かに牛肉は好物だが。
「茶色好きのお二人さん。僕もお昼をご一緒していいですか?」
そのとき、俺たち二人に声をかけてくる人物がいた。
特に断る理由も無いので了承の言葉を述べつつ振り返ると、そこにいたのは予想外の人物だった。
「別にいいけど……って、仁部!?」
俺たちと昼を一緒に食べたいと言ってきたのは、昨日の対戦相手である仁部だった。
俺は昨日の今日で仁部と一緒の教室内にいることすら気まずいと思っていたのに、仁部はそうでもないのだろうか。
にこやかな表情で俺たちに話しかけてきた。
「仁部君って昨日、相馬君と戦ったんだよね?」
「ええ。でも昨日の敵は今日の友と言うでしょう?」
仁部は喋りながら机を二つくっ付けて、空いている椅子を二脚持ってきた。
そして三方に座れるようにセッティングをすると、そのうちの一脚に座った。実にテキパキとしている。
「さっそくですが、堀田君に質問をしてもいいですか?」
目黒と俺が椅子に座ったことを確認すると、仁部が切り出した。
「俺に答えられることなら答えるけど、大したことは知らないと思うぞ」
「答えられるはずですよ。聞きたいのは『僕の“想い”について』ですから」
仁部はメガネをクイッと上げながら、俺の目を見つめた。
「どうして俺に聞くんだ?」
「決闘で負けたら“想い”が消えるからです」