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第21話


 仁部は当然のように言ったが、俺はそんな話は聞いていない。

 ……いいや。阿佐美は「敗者の“想い”は勝者に乗る」と言っていた。

 それを聞いた俺は“想い”の武器が使えなくなるだけだと思っていたが、あれは敗者から概念的な“想い”自体が消えるという意味だったのかもしれない。

 自分の抱いた“想い”が消えるなんて考えてもいなかったから、予想が出来なかった。


 考えてみると、“想い”を身体から取り出して武器化し戦った後、その“想い”が他人の武器に吸収されるのだから、敗者には“想い”は戻ってこない。

 あまりにも非現実的な出来事が起こるから、このある意味当然の計算が出来ていなかった。


 というか、“想い”をいろんな意味で使い過ぎだ。

 これでは、そのうち大きな思い違いが起こってしまう。

 「おもい」だけに。

 なんちゃって。


「気付かなかった俺も俺だけど、阿佐美ももっとハッキリ言ってくれればいいのに」


 俺の不満を聞いた仁部は、少し考えた後、答えを出した。


「たぶんですが。堀田君の“想い”は、消えても堀田君にとって問題の無い“想い”だったから詳細を伝えなかったのではないでしょうか。だって堀田君の“想い”は、阿佐美さんを解放することでしょう?」


「……確かに阿佐美を解放したいって“想い”が消えても俺にデメリットは無いけど、阿佐美にはデメリットがあるだろ。自分を助けようとする味方が一人減るんだから」


「どのみち決闘で負けたら阿佐美さんを解放できないので、負けた時点で後腐れなく堀田君と離れるつもりだったのではありませんか?」


「あり得る……」


 阿佐美はどこか冷めている印象を受けるので、俺が戦えなくなったらさっさと切り捨てる気がする。

 戦えないやつに付きまとわれるのはウザイと考えそうだ。


 俺が阿佐美の心情について考えていると、俺たちの会話を横で聞いていた目黒が怪訝そうな顔をしていた。


「目黒、どうかしたのか?」


「ねえ。相馬君が負けたときに消える“想い”は、本当に阿佐美さんのことだけなのかな」


「どういうことだ?」


 俺に問われた目黒は、箸を置いて静かに告げた。


「だって相馬君は、己の正義のために阿佐美さんを解放するんだよね? だとしたら、消える“想い”は『阿佐美さんを解放すること』じゃなくて『己の正義を貫くこと』の方だったりはしない?」


「えっ」


 そんなことはない、と否定したかったが、思い当たることもある。

 俺の武器が剣と天秤だったことだ。

 あれは明らかに正義を表している。


「十分あり得ますね。相馬君の武器は剣と天秤でしたから。あれは正義を意味してるんだと思います」


 仁部が、俺の思ったのと同じ意見を口に出した。


「それはかなり困る」


 阿佐美を解放したい“想い”が消えることも困るが、正義の心が消えることはもっと困る。

 俺は、正義のヒーローにならないといけないのだから。


「負けなければいいんだけど、負けない保障なんてどこにも無いからな。二人はどっちが俺の“想い”だと思う?」


「うーん。私たちが考えても結論は出ないよ。だから相馬君は阿佐美さんにちゃんと確認してね」


「……ああ、そうするよ」


「それで、僕の“想い”の話に戻りますけど。国立大学に合格したいと願っていたことは覚えているのですが、どうしてそんな願いを持っていたのかが思い出せないんです。その“想い”はあまり僕らしくない願いの気がするんですよね。他力本願と言いますか。大学は自分で合格するべきものでしょうに」


 仁部が再度尋ねた。そういえば、それが話の発端だった。


「悪い、もともとその話だったな。昨日の仁部は、願いは、受験時に不慮の事故が起こった際の保険って言ってたな」


 仁部は、優勝者になったとしても、あくまでも受験自体は自分の力で行なうつもりのようだった。

 欲が無いというか、良い心掛けというか。

 何でも叶うと言われてこの願いを抱くのは素直にすごいと思う。

 俺の言葉を聞いた仁部は、うんうんと頷いた。


「それなら納得です。僕らしいと思います。ですがそれを思うと、負けて良かったのかもしれませんね」


「どうして? 仁部君は国立大学に合格したいから決闘してたんだよね?」


 目黒が煮物を食べながら不思議そうな顔をしている。

 これに仁部が答える。


「だってそんな願いを掛けてたら、自分の力で合格したとしても、願いの力で合格したのかもしれないという疑念が生まれてしまいますから。晴れ晴れとした気持ちで大学生活は送れませんよ」


 分かる気がする。

 自己採点である程度は合格か不合格かの予想は出来るが、完全には疑念を払拭できない。


「そう言われるとその通りかも。でもそうなったとしても、どうしても入学したい大学だったんじゃない?」


「どうでしょうね。“想い”が消えた今となっては分かりません」


 仁部は、聞いているこちらが驚くくらいにあっけらかんとしている。


「決闘後はみんなこんな感じなのか?」


「こんな感じとはどういうことですか?」


「リングを下りたら友好的というか、スポーツマンシップがあるというか、サッパリしてるというか。普通、願いが絶たれたら、もっと対戦相手のことを恨まないか?」


 それなのに、仁部は少しも俺のことを恨んではいないようだ。

 もっと気まずい雰囲気になると思っていたのに拍子抜けかもしれない。

 こうやって自然に会話ができることは嬉しい限りだが。


「恨むも何も“想い”が消えてますからね。へえそうだったんだ、としか思いません」


「じゃあ対戦相手に襲われるかもっていうのは、単なる阿佐美の冗談か」


「いいえ。逆恨みされることも多いです。働き口を奪われたとか、賭博で大損させられたとか、“想い”が消えたことで不利益が出たとかで。だから僕はボディガードを雇ってます」





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