「ボディガード!?」
どうやら平和にお喋りが出来ているのは仁部の性格が良かったからで、そうではない相手も多いらしい。
ボディガードが必要になるほど恨んでくる相手がいるなんて、恐ろしい。
とはいえ、常にボディガードに守られる金持ちのボンボンみたいな生活は勘弁願いたいところだ。
「闘技者はボディガードを付けないとヤバいのか?」
「もともと喧嘩の強い人ならボディガードなんていらないんでしょうけど、僕はリングを下りたら非力なので。安全を期すためです」
「俺も喧嘩なんかしたことないんだけど……でもボディガードを雇うような金は無いよ」
ボディガードを雇うためには、いくらくらいの金額が必要なのだろう。
高校生のアルバイト代で払える金額だろうか……いや、この町にはアルバイト先がほとんど無いらしいから、雇いたくても金銭的に俺にはボディガードを雇えない。
「ボディガードを雇うなんて、仁部の家は金持ちなのか?」
「中流家庭ですよ。ボディガードの料金は、闘技場のファイトマネーを使いました。堀田君もボディガードを雇いたいなら、闘技場のスタッフに頼めば雇えますよ。僕は堀田君を襲うつもりはありませんが、今後は雇った方が良いと思います」
「闘技場はそんなものまで用意してるんだな」
「闘技者にリング外で負傷されると困るんでしょう。だからなのか料金は格安で、ファイトマネーの十分の一程度です。決闘をするごとに敵が増えるので、ファイトマネ―と一緒にボディガードの料金も高額になっていく仕組みですね」
「ファイトマネーの十分の一か。それなら俺でも……」
ここまで話したところで、重大な事実に気付いた。
「あっ!? 昨日のファイトマネーをもらい忘れた!」
アルバイトの出来ないこの町では、金銭はかなり大切なのに。戦い疲れて、ファイトマネーのことなんてすっかり頭から抜け落ちていた。
「大丈夫ですよ。その場で受け取らなかった場合は、具現者経由で渡されます。堀田君の具現者は阿佐美さんでしたよね……って、具現者は全員阿佐美さんですが」
仁部の具現者は阿佐美の姉だった。
阿佐美曰く、度重なる惨い実験のせいで抵抗する意志を失くしているらしいが、あれは本当のことなのだろうか。
厨二病的な嘘だとも言っていたが、どうにも嘘には聞こえなかった。
「仁部の具現者は阿佐美の姉さんだったよな。どんな人なんだ?」
とりあえず仁部に阿佐美の姉のことを聞いてみることにした。
「阿佐美先輩は、このクラスの阿佐美さんとは違って、物静かで大人しいタイプです。とてもお淑やかで、阿佐美さんみたいに気が強い感じではありませんね」
言葉の端々から、仁部はこのクラスの阿佐美のことが苦手なのだと察した。
俺がそんなことを感じている一方で、目黒は目を輝かせている。
「仁部君は、阿佐美さんのお姉さんとどこで知り合ったの!?」
「図書館です。阿佐美先輩とは同じ作者の本が好きなことがきっかけで話すようになりました」
「わあ! 小説の趣味が合って親交が生まれるなんて、それ自体が小説みたいな出会いだね!」
どうやら目黒は、仁部の話から恋バナの香りを感じ取っているようだ。先程よりもさらに目を輝かせている。
「僕たちが話すようになったのは、阿佐美先輩の性格がああだったからというのが大きいと思います。もし同じ作者が好きでも、相手がこのクラスの阿佐美さんだったら、僕は話しませんから」
仁部は、絶対にあり得ない、と何度も阿佐美を否定している。
そこまで拒絶しなくてもいいのに。
「……仁部君って正直だね」
「もちろん本人の前では言いませんけどね。恐いですから」
「確かに仁部君と阿佐美さんは相性が悪そうかも。仁部君、尻に敷かれちゃいそう」
「それって、ある意味では相性が良いのでは?」
俺の言葉を聞いた仁部は、あからさまに嫌そうな顔をした。
正直なやつだ。
「恐ろしい冗談はやめてください。僕と阿佐美さんの相性が良いだなんて考えただけで背筋が寒くなります……それより。はあ。午後は体育の授業ですよ」
仁部が大きな溜息を吐いた。見た目通りといえば見た目通りだが、仁部は体育が苦手なのだろうか。
「仁部君って別に運動神経は悪くないよね。卓球部だし」
「そうなのか?」
考えてみると、何度も決闘に勝っているのなら、並以上の運動神経はあるのだろう。
魔法の盾が間に合わない場合は、自らの身体を使って、相手の攻撃を避けなければならないのだから。
実際、俺との決闘でも仁部は自身の反射神経で俺の攻撃を避けていた。人は見た目によらないようだ。
「運動が苦手なわけでもないのに仁部は体育が嫌いなのか? 得手不得手と好き嫌いは別ってことか?」
「いいえ。体育自体は良いんです。ただ、闘技場の敗者がスポーツにかこつけて攻撃をしてくるのが嫌なんですよね」
仁部はまた大きな溜息を吐いた。
「ボディガードの意味ないじゃん」
目黒がリンゴをかじりながらツッコむ。
「スポーツの範囲内なら問題ありませんからね。それを利用して、相手は巧妙にスポーツの範囲内に見えるような攻撃をしてくるんです。さすがに緊急時にはボディガードが守りに来てくれると思いますけどね」
「緊急時って……体育の授業ではどんな攻撃をされたんだ?」
「バスケットボールでものすごく強いパスを出されたり、テニスのサーブを当てられそうになったり」
「確かにそれは、明確に攻撃されたとは言いづらいレベルだな。悪意の有無が証明しにくい」
それにその程度なら、仁部の勘違いという可能性もある。
自分が狙われていると思って警戒していると、どんな行動も攻撃に見えてしまうものだ。
「強いパスとかボールを当てちゃったとかは、うっかりしてた、失敗した、で済まされちゃうよね。実際に失敗しちゃっただけの可能性もあるし」
「そうなんですよね。わざとかどうかの証明が出来ないんです。はあ、憂鬱です」
溜息を吐く仁部を見ながら、俺もリンゴをかじった。