体操着に着替えて校庭へ向かうと、校庭には見たことのない生徒たちがいた。
この高校には一学年に一クラスしかないから、見たことのない人たちは別の学年の生徒なのだろう。
「全学年合同で体育をするんだな」
「男女で分かれると人数が少なくなりますからね。堀田君が前にいた高校ではどうだったんですか?」
「隣のクラスの男子と合同だったな」
「あはは。それは真似できませんね。この高校は人数が少ないですから」
人数が少ないとは言うものの、全学年の男子生徒が集まると五十人近くになる。これでは先生の目が届きにくい。
なるほど、仁部が攻撃されたという話に信憑性が出てきた。
女子生徒は校庭内の別場所で、別の体育教師のもと授業を受けている。
つまり今、この高校の全生徒が校庭にいる。
それなのに女子の姿が豆粒サイズに見えるほど、男子と女子が離れて校庭を広々と使っている。
東京の高校とは土地の広さが違うことを感じさせられる状況だ。
「今日はドッジボールで身体を動かすぞ。学年ごとに総当たり戦だ!」
準備運動をしながら体育教師が宣言した。
ドッジボールとは、これまた攻撃に適した競技だ。
仁部は気が気ではないだろう。
「堀田君、ドッジボールは得意ですか?」
「いや、特には」
「僕のことを守ってくれませんか?」
「だから別に得意じゃないってば」
予想通り、仁部は闘技場の敗者による報復を恐れているようだった。
「せめて痛くなさそうな弱めのボールに当たらないと……」
まだ始まってもいないうちから仁部が弱気なことを言った。
「そんなに嫌なら、最初から外野にしてもらえば良いんじゃないか?」
「堀田君は知らないんですか? ドッジボールの最初の外野は、強い人がやるんですよ。僕はやらせてもらえません」
「……本気でやるんだな」
適当にやり過ごそうと思っていたが、そういうわけにもいかないようだ。
怯えている仁部が可哀想になってきたことだし、強いボールが仁部目がけて飛んで来たら、仁部の代わりにボールに当たってあげることくらいはしよう。
……と、思っていたのに。
「なんか」
飛んできたボールを横っ飛びでかわす。
「俺ばっかり」
今度は屈んでボールをかわす。
「狙われてないか!?」
胸の前に飛んできたボールをキャッチする。ボールの勢いが強すぎるせいで指がビリビリとした。どれだけの力を込めて投げたのだか。
「話が違う!」
外野にいる味方にボールをパスしてから、仁部に文句を言った。
「堀田君に集中攻撃をしてるのは沢村先輩ですね。もしかして沢村先輩に何かしたんですか?」
「別に何も」
「じゃあ堀田君が目黒さんと仲良くしてることがバレたんですね、きっと」
仁部が当然のことのように言った。
「……沢村が目黒に惚れてるのは公然の事実なのか?」
「あれだけしつこく付きまとってたら誰でも気付きますよ。目黒さんも可哀想に」
味方に攻撃ボールが回っているおかげか、それとも自分よりも俺の方が激しい攻撃を受けているからか、仁部には雑談をする余裕があるようだ。
「目黒は他にも仲良くしてるやつがいるだろ。俺以外の生徒と喋ってるところもよく見るし」
目黒は人当たりが良いためか、俺以外にもいろんな生徒と仲良くしている。
「いいえ。目黒さんと特別仲の良い男子はいませんよ。当たり障りのない会話くらいはしますが、目黒さんがあんなに楽しそうにお喋りをするのは堀田君とだけです。沢村先輩は、目黒さんと堀田君がよく一緒にいることを誰かから聞いたんじゃないですか?」
そう言われると、確かに目黒は俺と一緒にいることは多々あれど、他に特定の誰かとつるんでいる様子は無い。
「そんなことでこの仕打ちなのかよ。じゃあ、もし目黒の手作り弁当を食べてることがバレたら……」
「半殺しで済めばいいですね」
仁部が物騒なことを言った。
半殺しは確定なのか。
そのとき、敵チームの沢村が、飛んできたボールをキャッチした。
「ずいぶんと余裕みてえだな!?」
「痛っ!?」
ハッとしたときにはもう遅かった。肩に強烈な痛みが走る。
「堀田、アウト!」
ボールが地面に転がると同時に、体育教師の大声が響いた。