やっと一年生対二年生、二年生対三年生の試合が終わり、残すは一年生対三年生の試合のみになった。
暇になった二年生は、数人でバスケットボールをしたり、鬼ごっこをしたりして遊んでいる。
俺はどちらにも混ざらずに、仁部とともに校庭の端に座り、ボーッとドッジボールの様子を眺めている。
「沢村先輩、すごい気迫でしたね」
「たかが体育のドッジボールなのにな」
「だからこそですよ。ドッジボールなら堀田君に全力でボールをぶつけても、誰にも咎められませんから」
沢村にボールを当てられた肩はまだ痛む。
体操着をめくると、肌が赤紫色に変色していた。
本当に全力を込めてボールを投げたようだ。
「知ってますか。沢村先輩はボクシングをやってるんですよ」
「……マジで?」
それなら体育の内容がドッジボールだったことは幸いだったかもしれない。
体育でボクシングはやらないだろうが、両者が密着する、例えば柔道でもやろうものなら、隙を見て拳を叩きこまれていたことだろう。
「沢村先輩には近いうちに決闘を申し込まれると思いますよ。沢村先輩が闘技者のネクタイを着けているところを見た生徒がいるらしいですから」
現在沢村は体操着を着ているが、沢村が闘技者のネクタイを持っていることは俺も知っている。阿佐美の姉が沢村の具現者らしい。
沢村のあの様子を見る限り、近いうちに俺に決闘を申し込んでくることは確実だろう。
「ですので、堀田君は沢村先輩に極力近づかない方が良いですよ」
「いや。沢村との決闘は避けて通れない」
「えっ!? わざわざ沢村先輩と戦わなくても優勝者になることは出来ますよ。武器に規定量の“想い”を集めればいいだけですから」
その通りではあるが、その通りだからこそ、俺は沢村と戦わなければならない。
あの闘技場のシステムだと、優勝者は一人とは限らない。
規定量の“想い”を集めることが出来た闘技者は、願いを叶えてもらえる。他に優勝者が何人いようと関係ない。
ということは、俺が沢村と戦わなかったとしても優勝者になることが出来るように、沢村も俺と戦わなくても優勝者になることが出来る。
俺はそれを阻止したい。
「沢村を放置してると目黒が危ないんだ。沢村に願いを叶えさせちゃいけない。俺の手で蹴落とさないと、絶対に」
「……ああ、なるほど。沢村先輩の願いは目黒さん関連の可能性が高そうですからね。もし沢村先輩が優勝者になったら、目黒さんが不幸な目に遭いそうです」
「だから俺は沢村を止める。この手で」
急に日陰になったので、何だろうと顔を上げると、目の前に沢村が立っていた。
どうやら一年生対三年生の試合が終わったようだ。
「ひいっ!?」
俺たちをにらみつける沢村の威圧感に押された仁部が、情けない声を出した。
しかし俺は沢村から目を逸らさず、逆にこちらからもにらみつける。
「沢村。俺と決闘しろ」
「沢村じゃなくて沢村先輩だろ。ぶっ殺すぞ!?」
「呼び方なんてどうでもいいだろ。それより決闘だ」
「……ぶっ殺されてえってことか。おい花瀬! 今日の闘技場の予約は空いてるか!?」
沢村が大声を出した。
すると教室に戻ろうとしていた阿佐美が近付いてきた。姉ではなく、俺たちのクラスメイトの阿佐美だ。
「大声で闘技場の話をしないでくれる? 秘密裏に運営しているんだから」
「ハッ。この高校の生徒は全員知ってることだろ」
「だとしても、大声で言っていいことじゃないの」
阿佐美は沢村に一切怯まず、ため口で話し続ける。
近くで様子を見守る仁部が、阿佐美の代わりにビクビクしている。
「花瀬はどこだ」
「姉さんはもう教室に戻ったわ」
「じゃあお前でいい。俺とこいつの決闘の予約を入れろ」
阿佐美はポケットからスマートフォンを取り出すと、闘技場のスケジュールを確認した。
「今日はダメね。スケジュールが埋まっているわ」
「じゃあ明日の予約を入れとけ」
沢村は舌打ちをしてから、俺の予定も聞かずに次の希望日を告げた。
「あたしはあんたに命令される立場じゃないんだけれど」
阿佐美は沢村を見上げて、ムスッとした表情を見せた。
俺の横ではまた仁部が小さな悲鳴を上げている。
「お前は花瀬の妹だろ」
「そうよ。あんたの具現者は姉さん。決闘の予約なら姉さんに頼んでくれる?」
このままだと喧嘩に発展しそうだと判断した俺は、沢村と阿佐美の間に割って入った。
「ごめん、阿佐美。俺からも頼めるか?」
「なんだ。あんたも承諾済みの決闘だったのね」
どうやら阿佐美は、沢村が一方的に決闘をしようとしているだけだと思っていたらしい。
ということは、これまでのやりとりは、阿佐美なりに俺を守ってくれていたのか。
いきなり強い相手と戦って負けられては困るという気持ちからのことかもしれないが、それでも阿佐美の心遣いはありがたい。
普段は偉そうな発言が目立つが、阿佐美は意外といいやつなのかもしれない。
「昨日戦ったばかりなのにまたすぐに戦いたいなんて、馬鹿は喧嘩が好きということかしら」
……やっぱり阿佐美がいいやつかどうかは保留にしよう。
「明日の夜七時でいいのね?」
「それでいい」
俺の返事を聞いた阿佐美は、どこかへ電話をかけた。闘技場の予約を取っているのだろう。
「逃げるんじゃねえぞ」
最後にそう言い残して、沢村は校庭から去っていった。
沢村の姿が完全に見えなくなるまで、俺の横では仁部がガクガクと震えていた。