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第15話  二つの世界の狭間で

眩い光が引いていくと、潮の扉も静かに閉じ始めていた。

海と空の境界が混ざり合い、夜が明けようとしている。

それはまるで、ひとつの時代が終わり、新しい世界が目覚める前触れのようだった。


翔太は、眩しさに目を細めながら澪を見つめた。

彼女の姿は確かに変わっていた。

人魚のように美しく、けれど人間の温かさを宿したその姿は、まるで“境界”そのものだった。


「……澪?」


翔太がつぶやいたその瞬間、澪が振り返り、笑った。

その微笑みは、どこまでも優しく、力強かった。


「私は“人魚”として生まれ、“人間”として生き、そして今──“橋”になる」


ナリスは静かに目を伏せた。


「あなたが選んだ道は、予言にはなかった。

けれど……その勇気と願いは、世界の律さえ書き換える」


空から、光のしずくが降るように満ちてくる。

それは、世界の境界が少しずつ溶け始めている証だった。




一週間後


澪は学校の屋上にいた。

穏やかな陽差しのなか、翔太と並んで座っていた。


「……なんだか、全部夢だったみたい」


「でも現実だよ。

君はまだここにいる。

俺も生きてるし……ちゃんと息してる」

翔太はそう言って、手を差し出した。


澪はその手をそっと握った。


「境界を壊す、って言ったけど……実際には“繋いだ”だけ。

海の世界と陸の世界を完全に融合はできない。

でも、選ぶ自由はできた。

行き来もできる。

少しずつ、互いに理解し合う時間もできる……」


「それって、すごいことだよ」


翔太はふと笑った。


「……でも、君は“橋”になったって言ってたけど、ずっとこっちにいてくれるの?」


澪は少し悩んでから、首を振った。


「翔太と同じ時間を歩むためには、時々“海”に帰らなきゃいけない。

この身体を維持するには、向こうの魔力も必要だから」


「そっか……」


少し寂しげに翔太がつぶやいた。


でもすぐに、明るく笑って言い直した。


「でもいいよ。俺は待つの慣れてるし。

君が帰ってくる理由があるってだけで、十分だから」


澪はその言葉に目を潤ませ、翔太の手をぎゅっと握り返した。




──そして数年後


大学の卒業式。

校庭に咲く桜の下、澪と翔太は再会する。


「ただいま、翔太」


「おかえり、澪」


もう、“海”と“陸”は敵対していなかった。

人魚と人間が、お互いを理解しようとする時代が始まっていた。


翔太は大学で海洋生態学を専攻し、澪は両方の世界をつなぐ研究に従事していた。


ふたりの未来は、決して平坦ではない。

それでも──


「一緒に歩こう。どっちの世界でも」


「うん。だって私は──“橋”になったから」


翔太は、穏やかな海のようなまなざしで微笑んだ。


「そう……だって、君は──人魚だから」


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