眩い光が引いていくと、潮の扉も静かに閉じ始めていた。
海と空の境界が混ざり合い、夜が明けようとしている。
それはまるで、ひとつの時代が終わり、新しい世界が目覚める前触れのようだった。
翔太は、眩しさに目を細めながら澪を見つめた。
彼女の姿は確かに変わっていた。
人魚のように美しく、けれど人間の温かさを宿したその姿は、まるで“境界”そのものだった。
「……澪?」
翔太がつぶやいたその瞬間、澪が振り返り、笑った。
その微笑みは、どこまでも優しく、力強かった。
「私は“人魚”として生まれ、“人間”として生き、そして今──“橋”になる」
ナリスは静かに目を伏せた。
「あなたが選んだ道は、予言にはなかった。
けれど……その勇気と願いは、世界の律さえ書き換える」
空から、光のしずくが降るように満ちてくる。
それは、世界の境界が少しずつ溶け始めている証だった。
一週間後
澪は学校の屋上にいた。
穏やかな陽差しのなか、翔太と並んで座っていた。
「……なんだか、全部夢だったみたい」
「でも現実だよ。
君はまだここにいる。
俺も生きてるし……ちゃんと息してる」
翔太はそう言って、手を差し出した。
澪はその手をそっと握った。
「境界を壊す、って言ったけど……実際には“繋いだ”だけ。
海の世界と陸の世界を完全に融合はできない。
でも、選ぶ自由はできた。
行き来もできる。
少しずつ、互いに理解し合う時間もできる……」
「それって、すごいことだよ」
翔太はふと笑った。
「……でも、君は“橋”になったって言ってたけど、ずっとこっちにいてくれるの?」
澪は少し悩んでから、首を振った。
「翔太と同じ時間を歩むためには、時々“海”に帰らなきゃいけない。
この身体を維持するには、向こうの魔力も必要だから」
「そっか……」
少し寂しげに翔太がつぶやいた。
でもすぐに、明るく笑って言い直した。
「でもいいよ。俺は待つの慣れてるし。
君が帰ってくる理由があるってだけで、十分だから」
澪はその言葉に目を潤ませ、翔太の手をぎゅっと握り返した。
──そして数年後
大学の卒業式。
校庭に咲く桜の下、澪と翔太は再会する。
「ただいま、翔太」
「おかえり、澪」
もう、“海”と“陸”は敵対していなかった。
人魚と人間が、お互いを理解しようとする時代が始まっていた。
翔太は大学で海洋生態学を専攻し、澪は両方の世界をつなぐ研究に従事していた。
ふたりの未来は、決して平坦ではない。
それでも──
「一緒に歩こう。どっちの世界でも」
「うん。だって私は──“橋”になったから」
翔太は、穏やかな海のようなまなざしで微笑んだ。
「そう……だって、君は──人魚だから」