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11.お買い物デート①

「待たせたな」


 屋久蓑やくみの大葉たいようがシャワーと着替えを済ませて、駆け足に羽理うりの愛車――鮮やかなビタミンカラーのイエローがまぶしいダイハチュのコッペンへ近付けば、羽理がのほほんとした顔で運転席のパワーウィンドウを開けた。


「そんなに待ってないです。実は私も今来たところで……」


 その言葉に、大葉たいようはハテ?と小首をかし げると、「残業でもしてたのか?」と問いかける。


 今朝は羽理うりとともに徒歩通勤をしたので、自分の愛車エキュストレイルは自宅待機の大葉たいようだ。


「あっ! 部長! とりあえず早く中へっ」


 そこでふと社屋の方へ視線を向けた羽理が、急に慌てた様子で助手席を指さすから、大葉たいようは会社にバレるのが恥ずかしいのかな?と思いながら羽理の隣へ滑り込んだ。


「出します……! 部長、道案内お願いしますね!?」


 近場なのに道案内!?と思った大葉たいようだったが、羽理が今朝大葉たいようの家から会社までのたかだか四〇〇メートル足らずの距離で方向感覚を失ったのを思い出して口をつぐんだ。


「――で、さっきの話だが」


「右ですか!? 左ですか!?」


 話を続けようとした途端、羽理が会社の駐車場から国道へ差し掛かるなり怒ったように聞いてくるから。


「あー、右っ!」


 つられてソワソワと答えながら、大葉たいようはドラッグストアに着くまで、まともな会話は無理そうだな、と諦めた。



***



 会社から車で五分の場所にある『アスマモル薬局』は、全国チェーンのドラッグストアだ。

 母体が大手製薬会社だと言うだけあって、薬の品揃えが豊富で、薬剤師在中の店舗では処方箋薬を受け取ることも出来る。


 薬の品ぞろえは他のドラッグストアより豊富だが、だからと言って化粧品や日用品などの品ぞろえが悪いわけではない。


「私、アスマモアプリ持ってます」


 ルンルンでスマートフォンを見せてくれた羽理うりの嬉しそうな表情に、大葉たいようは思わず(可愛いな)と見惚れてしまって――。


「部長、聞いてます?」


 シートベルトも外さずにぼんやりしてしまって、羽理からキョトンとされてしまう。


 大葉たいようは慌てて車を降りながら「そういえば……お前、今日は残業だったのか? だとしたら……その……仕事は大丈夫だったのか?」と上司らしい言葉を投げ掛けた。

 だが、その実、心の中では(もしや他の理由じゃあるまいな?)とソワソワしていたりもする。


「え? 何でですか?」


 コッペンにロックをかけながら羽理がこちらをじっと見つめてくるから、大葉たいようは「ほら。待ち合わせ場所に来るの、お前も遅かったみたいだから」と会社駐車場での会話を思い出しながら問い掛けた。


「ああ……。仕事は早く終わったんですけどね……。倍相ばいしょう課長に捕まっちゃいまして」


 へへへ……と笑う羽理の手を、大葉たいようは思わず掴んでいた。


「何されたんだ!」


「え? な、何もされてませんよ? ただ……」


 言ってまゆをしかめた羽理に、「手、痛いです」と抗議の声を上げられて、大葉たいようは慌てて力を緩めた。


 だが、どうしても離してやることは出来なくて。


 大葉たいようは羽理の手首を握ったまま彼女の言葉を待った。


 羽理うりは、大葉たいように手を取られたままなことが気になるんだろう。


 微妙にドギマギしつつも、「……ゆ、夕飯に誘われただけですよぅ」と素直にした。


 大葉たいようはそれを聞くなり一瞬言葉に詰まって……。


「――まさか……受けたのか?」


 それでも心を落ち着けようと一度だけ小さく吐息を落としてそう続けたのだけれど、不機嫌さが声ににじむのだけはどうしてもおさえられなかった。


 何故なら脳内で『倍相ばいしょう岳斗がくとぉ! やっぱりあいつは油断ならんな』ってな具合。懸命に岳斗を牽制けんせいしていたからだ。


 今まで自分の視界に入らなかったのが不思議なくらい、目の前にいる荒木あらき羽理うりという女性は美しい。


 だが、大葉たいようが真実気に入っているのは取り澄ました会社での美人な羽理なんかではなく――いや、そっちもかなりイイのは確かだが――、ノーメイクでほわんと気の緩んだ自然体の羽理の方なのだ。


(取り繕った表面の姿しか知らねぇお前に、コイツの魅力が分かってたまるか!)


 そう。何しろ自分は羽理の裸だって見ているのだ。


(お前は知らないだろうがな、荒木は何も着飾ってなくても死ぬほど魅力的なんだぞ? 特に胸とか……胸とか……胸とか……)


 そこでふと、自分にとって好みのド・ストライクな羽理の絶妙なプロポーションを思い出した大葉たいようは、慌てて羽理から視線を逸らせると、コホンッとわざとらしく咳ばらいをした。


(お、大きすぎないところがまたんだっ)


 どちらかと言えば巨乳より微乳……中でも形のいい美乳が好きな大葉たいようだ。

 羽理のおっぱいは自分にとって理想的な大きさと色と形で。

 一度だけ事故で触れてしまったことがあるけれど、羽理の乳房は大葉たいようの手にフィットするちょうどいい大きさで、触り心地もふわふわで最高だった。


 そんな風に脳内で岳斗に対して何だかんだとマウントを取っている大葉たいようだが、彼は知らない。

 過日開催された飲みの席で、倍相ばいしょう岳斗がくとが素知らぬ顔。羽理の胸元にこぼれたビールを拭くと言う名目で、おしぼり越しに彼女の胸をお触りした前科があるということを。


 まぁ、そうは言っても羽理のバストへ触れたことがある大葉たいようの方に軍配が上がるのだけれど、弱々しいビンタを喰らった大葉たいようと、何のおとがめもなかった岳斗では、どちらが勝ちか微妙なところだ。



***



 何故か自分の手をギュッと握ったまま眉根を寄せたり、ポッと顔を赤らめたり……百面相を繰り広げている大葉たいように心の中で『何ごとですかね?』と思いつつ。


「えっ。受けてませんよ?」


 羽理うりはとりあえず投げかけられた質問にのみ答えたのだけれど。


「本当か!?」


 途端大葉たいようが嬉しそうにパッと顔を輝かせるから。


 羽理は『だって……先に屋久蓑やくみの部長とお約束してましたから』と付け加え損ねてしまった。


(ま、いっか)


 どうせ行くとしても今日のお昼、仁子じんこも連れて行ってもらったと言うお好み焼き屋さんに違いない。


 何しろ倍相ばいしょう課長は、仁子と自分との扱いに差をつけたくないと言う理由で律儀に羽理を食事に誘ってくれたのだから。


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