目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

11.お買い物デート②

 どう考えたって「お疲れ様ぁ~」な、仕事後の慰労会いろうかいになるだろうし、お好み焼きを焼きながらとか、鉄板上のモノを焦がさないよう気を付けないといけなくて、色っぽい雰囲気だって漂わないはずだ。


仁子じんこもケロッとして帰って来てたしね)


 仁子のことだから、倍相ばいしょう課長と二人きりで出かけて何か艶めいたことがあったなら、絶対に報告してくれたはずだ。

 それがなかったのだから、きっと二人とも自分のお好み焼きを焼くので一杯一杯だったんだろう。


(あっ、そうだ! ついでだし……倍相ばいしょう課長にお願いして、私は私でワンコくんをねぎらってあげる場にさせてもらっても良いかもしれない)


 チョロルチョコのお礼にはちょっと高過ぎるかも知れないけれど、一応羽理うり五代ごだい懇乃介こんのすけの先輩だ。

 先輩の方が後輩より奮発するのは変じゃないだろう。


 それに――。


 倍相ばいしょう課長と営業の五代ごだいを交えて、領収書などの回し方のことを話題に出してみるのも悪くないかも?


(となると、五代ごだいくんの直属の上司の雨衣あまい課長も一緒の方がいいかなぁ)


 あれこれ考えていたら、心がお留守になっていたらしい。


荒木あらき? おい、荒木羽理!」


 目の前でパチン!と大葉たいように両手を打ち鳴らされて、羽理はハッとした。


「ふ、フルネームで呼ばないで下さい!」


 そうされると、「あらキュウリ!」と揶揄からかわれたのを思い出してしまうではないか。


 自分がぼんやりしていたのを棚上げしてプンスカしたら、大葉たいようがキョトンとして……。


 「だ、だったら」……とかゴニョゴニョ言いながら……「う、羽理……さん?」と何故か照れ臭そうに下の名前で呼び掛けて来る。


「えっ!? な、何でいきなり下の名前になるんですかっ。そんなのされたら私も……たっ、大葉たいようさんって呼んじゃいますよ!?」


 羽理としては『もぉ、部長ったら冗談が過ぎますよぅ?』と、彼をいさめたつもりだったのだけれど。


「な、何なら……呼び捨てでも構わんぞ?」


 とか、どういうことだろう?


「はいっ!?」


「だから……〝さん〟はなくても平気だ。というかむしろない方がいいな、うん。……お、俺もお前のこと、その……う、羽理って呼び捨てるからお前もそれで」


 まるで羽理に口を挟ませたくないみたいに、しどろもどろになりつつも口早にまくし立てた大葉たいようが、「よし、行くぞ、う、羽理! 駐車場こんなトコでいつまでもモタモタしてたら店が閉まっちまう」と羽理の手首を握ってスタスタと歩き出してしまう。


「あ、あの……ちょっと、屋久蓑やくみのぶちょ……」


 羽理がそんな大葉たいようにいつも通り。〝屋久蓑やくみの部長〟と呼び掛けようとしたら華麗に無視されて。


「あ、あのっ。部長……」


 足の長さの差だろうか。

 速足で歩く大葉たいようについて行くのがしんどくて、小走りになりながら何度も部長、部長と呼び続けていたら、だんだん息が上がってきてしまった羽理だ。


「た、た、た、た、た、た……」


 息苦しいし、何とか止まって欲しくて「大葉たいよう」呼びを試みてみたものの、何だか照れ臭くてやっぱり難しくて。


「お前は壊れたレコードか……!」


 とうとう我慢しきれなくなったらしい大葉たいように、こちらを見ないままに突っ込まれてしまう。


「だって……た、いよ……ぶちょぉ、が……」


「俺は誰にもされた覚えはない。もっとスムーズに呼べ」


「もぉ! 上司の下の名前を呼び捨てするのがどれだけハードル高いと思ってるんですかっ。意地悪ですか! ドSですかっ!」


「なっ。お、俺は極めて温厚だぞ? なぁ、う、……り。いつものお前ならそんなの楽々越えられるはずだろ。――ほ、ほら、遠慮せず越えて来い!」


 大葉たいようは、自身も羽理のことを呼ぶのがしどろもどろなくせに、あくまでも羽理が「大葉たいよう」と呼ぶまで許してくれる気はないみたいで。


(どうしてこうなったの!)


 羽理は「うーーー」とうなり声を上げながら、先程の会話の中の敗因を必死に探る。

 だが、これと言って思いあたる節はなくて、早々に諦めた。


(ホント、部長は何をそんな、ムキになってるんでしょうね!?)


 代わりの心の中。

 盛大に大葉たいように不平不満をぶちまけた。



***



荒木あらき倍相ばいしょうからのディナーの誘い――荒木は「夕飯」と言ったけれど、絶対相手はディナーという感覚に違いない!――を断ったと言ったが、一度断られたくらいで倍相ヤツが引き下がるとは思えん!)


 羽理うり倍相ばいしょう岳斗がくとの誘惑に屈しなかったと言うのは大葉たいようにとって物凄く喜ばしいことだったけれど、その反面、そう危機感を募らせた大葉たいようだ。


倍相岳斗あの男は油断ならんからな)


 のほほんとしているように見えるけれど、あの若さで管理職になるくらいだ。一筋縄でいく男でないのは容易に推察できる。


(まぁ、それを言うと俺もか)


 岳斗がくととは六つ違いだが、大葉たいようも彼ぐらいの年齢の頃には課長職にいた。

 とはいえ、自分は優しくて話しかけやすいと評判の倍相ばいしょう岳斗がくととは違って、取っつきにくいことで有名な仏頂面ぶっちょうづら課長だったのだけれど。


(いや、俺だって別に部下に対してにこやかに接したくなかったわけじゃねぇぞ? ただ……)


 羽理の手を引きながら化粧品売り場までやって来た大葉たいようは、一人色々と頭の中で考え事をしていたのだけれど。


「そう言えばぶちょ、じゃなくて……えっと……あ、……は昔、倍相ばいしょう課長と違って人を――特に女性社員を寄せ付けない鬼課長さんだったって……人事課の那須なすさんがおっしゃってたんですけど……」


 立ち止まったことで、やっと呼吸が整ってきたらしい羽理から話しかけられて、慌てて彼女に意識を戻した。


(おい、荒木あらき羽理うり! お前いま、しれっと名前呼び回避で変な呼称持って来やがったな!?)

 などと思いつつ、羽理の口から出た〝那須〟という名にあからさまに眉をしかめた大葉たいようだ。


 というのも、人事課にいる〝那須みのり〟は大葉たいようと同期の女性社員の名で、割と美人だが圧が強すぎて大葉たいようは余り得意じゃないからだ。


「私もこうやって話せるようになるまでは、……たっ、たっ、……た、い……よぉ?……のこと、取っつきにくい雲上の部長様だと思っていたんですけど……」

 と、やたら名前のところだけしどろもどろで前置きをしてから、羽理がすぐそばの大葉たいようを猫のような大きな目でじっと見上げてくる。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?