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14.いなくならないでくれ①

 結局〝一緒に過ごすのが一番の薬〟案件のあと、大葉たいようの愛車――ニチサン自動車のエキュストレイル――に乗り換えて出直した二人は、会社から大分離れた別のディスカウントショップ『Yasuヤス』へ向かった。


 会社や大葉たいようの自宅から車で三〇分近く走った距離。

 むしろ羽理うりの家の方が近い場所へあるYasuを大葉たいようが選んだのは、きっとその帰りに羽理宅へ寄って着替えなどを調達させるためだろう。


 Yasuは売り場の総面積もかなり広く、化粧品も種類が豊富で。何ならスーパーも併設されているので、アスマモル薬局より多種多様な生鮮食品が並んでいた。

 ついでに言うと電化製品や衣料品、ペットコーナーもある、割と雑多な品ぞろえのディスカウントショップだ。


 羽理うり御用達ごようたしのメーカー【Kira Make】の売り場で先程購入済のファンデーション以外の化粧品――オールインワンジェル、口紅、アイブロウ、アイシャドウ、チーク、メイク落としなど――をカゴに入れたのだが、気が付けばそれらの化粧品と混在する形で美味しそうなホワイトマッシュルームも入れられていて。


 何だか変な組み合わせですね!?と思いながら、気持ち大葉たいようからカートに載せられたカゴの中を眺めていたら、「あー。ついでだし白ワインも買って帰るか」というつぶやきとともにアルコールコーナーへ連れて行かれた。


「なぁ羽理。さっきから思ってたんだがな……。距離、あけすぎだろ」


 言われてグイッと大葉たいように腕を引かれた羽理は、「ふぇっ!?」という驚きの声ごと封じ込めるみたいに、背後から大葉たいように包み込まれて、ワインが並んだ棚の前にいる。


 背中に大葉たいようの温もりを感じながらのワイン選びは、全く銘柄が頭に入ってこない。


屋久蓑やくみのぶちょ、は……私を殺す気……です、か?」


 確かにショック療法を受け入れた羽理ではあったけれど、こんな風に不用意に距離を詰めるのは、動きが怪しい心臓のためにもやめて頂きたい。


 現に今だって、胸の中で心臓が馬鹿みたいに踊り狂っているのだ。


「――何度言わせるんだ羽理。部長じゃなくて大葉たいよう、な?」


 なのにそんな羽理の訴えなんてどこ吹く風。

 懸命に告げた抗議を完全スルーされて、すぐ耳元。耳触りの良いバリトンボイスで呼び方を訂正された羽理の心臓は、苦しいくらいにドクドクと暴れている。


 こんなにも自分は動揺しまくっているというのに……。

 大葉たいようはいっそ清々すがすがしいくらいに涼しい顔をしていて、何だか納得のいかない羽理だ。


「な、んで……大葉たいようはそんな平気そうな、んですか?」


 自分の不整脈の方が、大葉たいようより重篤じゅうとくな症状なのかも知れないと思うと同時、大葉たいようがふっと柔らかく微笑んで。


「それはお前が俺をドキッとさせるような行動に出ないからだろ」


 今度こそククッと声に出して笑いながら「期待してるぞ?」と付け加えられた羽理は、ますます困惑してしまう。


「たい、よ……は心臓痛くな……るの、怖くない、の?」


 いつキュッと胸を締め付けられて、心臓が止まってしまうか予測不能だと言うのに。


 そんなことを思いながら胸の不快感に眉根を寄せたら、

「んー。お前がそばにいてくれることで起こる動悸や息切れなら、俺は割と平気だな。それよかむしろ――」


 言いながら一本のワインを手に取った大葉たいように、「羽理、辛口ワインは飲めるか?」と聞かれて。


 羽理がよく分からないままにコクッとうなずいたら、それをカゴに入れながら「俺は……お前がいなくなることの方が怖い」と付け加えられた。


「え……?」


「ま、あれだ。そういう想像したら死ぬほど胸が苦しくなるってだけの話。……そうならないよう俺も頑張るから……。頼む。いなくならないでくれ」


 言うなり、ギュッと背後から抱き締めるように身体を包み込まれた羽理は、(そ、それはっ……逃がさない、の間違いではないですか、屋久蓑やくみの部長っ!)とオタオタしつつ。


 それでも大葉たいようが、切なげに自分へ向かってそんなことを言ってくれることが何だか嬉しくて。

 なのにその理由に思い当たれないことが、羽理はもどかしくてたまらなかった。

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