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14.いなくならないでくれ②

「もぉ、もぉ、もぉ! 何でサラッとお酒なんか出してくるんですかぁっ! 私、ついうっかり飲んでしまったではないですかぁぁぁ! この手練てだれさんめっ!」


 キュルンとうるんだ瞳が愛らしい、大葉たいようの愛犬キュウリをひざの上に乗っけて撫で撫でしていたら、「めし出来たぞぉー」と大葉たいように呼ばれて。


 食卓に並べられたレストランも顔負けといった感じの綺麗な盛り付けがなされた『鮭とほうれん草とマッシュルームのクリームパスタ』に、羽理うりが上機嫌で舌鼓したつづみを打っていたら、「これ、クリーム系のパスタに合うぞ」という触れ込みのもと、大葉たいようから滅茶苦茶自然な感じでワイングラスに注がれたうっすら琥珀色をした飲み物が目の前に置かれた。


 その流れのまま、よどみなく大葉たいようから「乾杯」とグラスを掲げられた羽理は、つられるようにグラスを軽く持ち上げて乾杯の仕草をして一口中身を飲んで。

「わぁー、この、スッキリしてて飲みやすいですぅ~♪」

 と上機嫌でグラスをテーブルに戻してハッとした。


 そう。そこにきて初めて……冒頭の「もぉ」の連呼トリオから始まる「何でさらっと~」や「ついうっかり~」のセリフへと繋がった感じだ。


 そんな羽理に対して大葉たいよう

「もぉもぉもぉ、って……お前は牛かっ!」

 とか何とか苦笑しつつ。

「いや、だって羽理……俺が売り場で辛口のワイン飲めるか?って聞いたとき、めっちゃスムーズにうなずいただろ? そんなんされたらてっきり飲むことを承諾しょうだくしたもんだと思うじゃねぇか」

 大葉たいようからそう畳みかけられた羽理は「うっ」と言葉に詰まって。


 あの時は大葉たいように後ろから包み込まれるようにされて、それどころではなかった。


 でも、そう明かすのは何だかちょっぴり腹立たしい。


「そもそもホントに飲む気がなけりゃあ食卓に出された時点で辞退することだって出来たはずだ。――それを嬉しげに飲んだのはお前だぞ?」


 そうトドメを刺された羽理は、大葉たいようからの言葉がいちいちごもっとも過ぎて何も言い返せなくて。


 それでも黙っているのはやっぱり悔しかったから、グッとこぶしを握り締めて大葉たいようを睨み付けた。


「……にしても、ですっ! 私のコッペンちゃんが下に停めてあるの、だってご存知だったじゃないですかぁ!」


「部長じゃなくて大葉たいよう、な?」


 この際呼び方なんてどうでもいい!と思いつつ、羽理は恨みがましい目で大葉たいようを見詰め続けた。


 ダイニングテーブルというリーチがある分、対面に座っている大葉たいようとの間に程よい距離を保てていることが、大葉たいよう由来のの羽理をちょっとだけ強気にさせている。


 アルコールを口にしたことでマンション下の空きスペースへ停めたままの愛車コッペンに乗れなくなってしまった。


 それは、すなわちこのまま〝ここへお泊りする事〟を意味するわけで。


 大葉たいようと一緒にいると心臓バクバクの羽理には、そう易々と容認出来ようはずがない。


 うー、とうなりながら大葉たいようを睨んでいたら、ふと思いついたみたいに大葉たいようが話題を変えた。


「そういえば……。さっき言いそびれてずっと気になってたんだがな? 俺はお前が思ってるよりずっとずっと経験値が低いぞ?」


「え?」


(いきなり何の話ですかね!?)


 キョトンとする羽理を置き去りに、大葉たいようが話し始めた。



***



「つい今し方も俺のこと、手練てだれって言っただろ。だが実際、俺は恋愛経験も全然豊富じゃないし、恥ずかしい話、リードしてくれるような年上としか付き合ったことがない。肉体関係を持った相手だって片手で足りる」


 馬鹿正直に告白してやるつもりはないが、明言すればぶっちゃければ大学時代入っていたサークル『野草研究会』の三つ上の先輩と、社会に出てからたまたま知り合った行きつけのバーの常連客だった八つ年上の女性。


 大葉たいようは、その二人としか致していない。


 相手が年上だったこともあり、どちらも女性に主導権がある形での情交だった。


 だから羽理にその道の上手プロみたいに思われるのは大変遺憾なのだ。

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