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14.いなくならないでくれ③

 そもそもそんな風に思われてしまったら、いざ羽理うりになった時、手際が悪いとか思われそうで怖いではないか。


(自慢じゃないが、俺は処女なんて相手にしたことないんだぞ!?)


 それが本音の大葉たいようだが、そこはまぁ男としての沽券こけんに関わるから言うつもりはない。


 実際大葉たいようが寝た二人は、どちらも至らない大葉たいようを巧みにリードしてくれるような床上手とこじょうずな女性たちだったから、大葉たいようは相手にわれるままアレコレご奉仕しただけに過ぎないのだ。


(俺が主体になってどうこうなんて経験はねぇんだが……実際上手く出来るのか、俺‼︎)


 なんて思っている大葉たいようを横目に、ひと口もふた口も変わらないと開き直りでもしたのだろうか。

 羽理が卓上に置いてあったワイングラスをクイッ!と煽ってカラにした。


 そんな羽理うりにつられたように、大葉たいようもワインをひと口飲んで口を湿らせてから、からっぽになった羽理のグラスを新たなワインで満たしてやる。


 少し触れただけで過剰反応しまくる羽理うりの現状からして、今夜何かがあるとは思えないけれど、いずれは……と期待している大葉たいようにとってその辺りはちょっぴり悩ましいところだったから。


 なのに――。


「片手ってことは五人経験がありゅってことれしゅかっ!?」


 とか。


(何でそうなる……)


 荒木あらき羽理うりと言う女性おんなは、もしかして大葉たいように「二人しかいねぇわ!」と赤裸々告白でもさせるつもりだろうか。


(マジで勘弁してくれ……)


 さすがに「童貞です」というのよりはハードルは低いが、それでもいないと思われるのは何となくプライドが邪魔をする。


「……ご、五人マックスはいねぇーわ」


 それでゴニョゴニョと言葉をにごしたのだけれど。


「妖しいもんれしゅね……。大葉たいよぉーはハンシャムしゃんれすし……モテないはずがないれしゅもん」


 羽理うりの口調が、どこかとして感じられるのは、ワインが程よくきいているのかも知れない。


 以前飲み会の場に迎えに行った時みたくデロデロに酔っぱらってはいないけれど、このしつこさはアルコールの影響を受けていそうだ。


 そもそも――。


(こいつ、いま……舌っ足らずの口調で俺のこと、ハンサムとか言わなかったか?)


 そこを意識したら、思わず顔がにやけてしまいそうになった大葉たいようだ。


「なぁ、羽理よ。――お前、ホント可愛いな」


 素直に言ってテーブル越し。

 自分が先ほど中身を満たしたばかりのワイングラスの底部プレートに左手を添えて、右手の人差し指ゆびさきでクルクルと飲み口リムをなぞっている羽理の方へスッと手を伸ばして――。

 プレートに載せられたままの羽理の手を包み込むように右手を載せたら、羽理が「ひゃっ」と悲鳴を上げて肩を跳ねさせた。


 だが、幸い大葉たいようの手が重石おもしになっているのでグラスは倒れずに済んだし、琥珀色の液体も丸みを帯びたボウルの中でゆらゆらと不安定に揺らめいただけ。


 それが羽理の心を如実にょじつに反映しているように思えて、大葉たいようはそんなことさえ嬉しくてたまらない。


「にゃ、にゃにをいきなり血迷ったことをっ」


 包み込まれた手を、大葉たいようの手の下から取り戻そうとモダモダともがきながら、羽理がオロオロと瞳を揺らせるから。


 大葉たいようはクスッと笑って「いや、だって……お前が俺のこと〝ハンサム〟だって言ってくれたから嬉しくてな」と言ったら、「しょ、しょんにゃこと言ってません! 言ってたとしても……そう! 言葉のアヤれす!」とか。


「ん、そう言うことにしといてやるよ」


 余裕綽々しゃくしゃくな様子で大葉たいようが言い放ったら、羽理がキッと睨み付けてきた。


 けれど大葉たいようはそんな視線すらちっとも不快に感じなくて。


 そればかりか、そういうところも含めて羽理のことを愛しいな、と思った。

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