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15.腹黒課長の猛攻①

「おはよう、羽理うり


 法忍ほうにん仁子じんこにポンッと背中を叩かれて、荒木あらき羽理うりは「ひゃっ」と悲鳴を上げて肩を跳ねさせた。


「えっ。どうした、どうした?」


 まさか朝の挨拶でこんなにビックリされるとは思っていなかった仁子は、小さめのハンドバッグを自身の事務机引き出しに仕舞いながら、羽理の顔を覗き込んだ。


「あ、あのっ。実は……私……」


 そうしてみたら、存外深刻そうな顔をして羽理がこちらを見詰めてきて。

 仁子はごくりと生唾を飲み込んだ。


 そう言えば、いつもならもう少し綺麗にゆるふわにセットされているはずの羽理の髪の毛。

 それを束ねたシュシュが昨日と同じものなことに気が付いて、仁子は内心「ん?」と思った。


 服こそ着替えてきているようだけれど、何か違和感がある。


 羽理は華美なお洒落をする女性ではないけれど、髪飾りは結構沢山持っているみたいで……二日続けて同じヘアアクセサリーで出社してきたことはなかったように思ったからだ。


 そう言えば、前にもこんなことがあった。あれは……。


「ねぇ羽理。もしかして……また裸男さんの家に泊まった?」


 以前飲み会明けの日の羽理がこんなだったことを思い出した仁子は、本当に何の気なし。思いつくままにそう尋ねたのだけれど。


 羽理は再度ビクッと肩を震わせると、「なっ、何で分かったのっ!?」と仁子の手をギュッと掴んできた。


「いや、だって……それ」


 言って、握られていない方の手で自分の頭をチョンチョンと指さしてシュシュのことを示唆しさすると、羽理がハッとしたようにそれに触れた。



***



 今、羽理のミルクティーベージュ色の髪の毛を左サイドでゆるっと束ねているのは、グレイのサテン地のシュシュで。とびとびに留め付けられたラインストーンがキラキラと光っている、シンプルだけどエレガントに見える大人可愛いデザインのものだった。


 お気に入りだし使いやすいアイテムだから使用頻度ひんどは高めではあるけれど、シュシュを付けた翌日にはバレッタで、みたいにメリハリがつくように気を遣っている羽理だ。


 だけど今朝は――。



***



 何か重い……と、息苦しさに目覚めた羽理うりは、寝慣れないふかふかのベッドの中。

 何故か大葉たいようにギュッとしがみついていて……。


(ひっ、近いっ!)


 超絶整っているくせに、まぶたを閉じているとどこかあどけなく見える大葉たいようが、すぐ目の前にあった。


 そうしてあろうことか、大木=大葉たいようにコアラ状態な羽理に応えるように、彼の方からもギュッと抱きしめられて眠っていたことに気が付いて。

 羽理は、大慌てで大葉たいようの腕の中から逃げ出したのだけれど。


 思いのほか重量のある大葉たいようの腕からすり抜けるのに、存外手間取ってしまった。


 どうやら羽理に寝苦しさを覚えさせたのは、自分を抱きしめていた大葉たいようの腕の重みだったらしい。


 心の中でヒャワヒャワと悲鳴を上げながら現状打破に焦る余り、大葉たいようの腕から逃れたと同時、ビタン!と顔から床へ落ちてしまった羽理は、その音で大葉たいようを起こしてしまった。


「んー、……羽、理? ひょっとして……お前、ベッドから落ちたのか?」


 律儀に「おはよう」と付け加えつつ、心配そうにベッドサイドから大葉たいように見下ろされた羽理は、痛打したおでこの痛みに目をうるませながらワナワナと大葉たいようを指さして口をパクパクさせる。


 と同時。ハッとした様子の大葉たいようから、「いっ、言っとくがっ! お、っ何もしてねぇからな!?」と釘を刺された。


「わざわざ離れて横になった俺に『寒いですぅー』とか何とか言いながらくっ付いてきたのはお前の方だぞ!?」


「嘘ッ!」


「嘘じゃねぇわ、この酔っ払い娘め!」


 大葉たいようが作ってくれた、ふわふわしっとり。口の中でとろけるような美味しいフレンチトーストを一緒に食べながら、再度噛んで含めるようにそんな話を聞かされた羽理うりは、二日酔いだろうか。頭が微かにズキズキと痛むことに、大葉たいようの話がいつわりではないと思い知らされて。


(私ってばワイン、どのくらい飲んだの?)

 と、で自問自答せずにはいられない。


「ちなみに買って帰った白のフルボトル、半分以上空けたのはお前だからな?」


「ひっ!」


 口に出してなんかいなかったはずなのに、何故か答えを聞かされた羽理は、小さく悲鳴を上げた。


「何を今更驚く必要がある。ホントお前、酒癖悪すぎだろ。しばらくは俺のいないところで酒飲むの禁止な? ところで……コーヒーは飲めそうか? ミルクたっぷりの甘くないの、用意したんだが」


「飲みます……」


 何故か自分は悪くないと言いながらもどこかバツが悪そうな表情で、反省しまくりの羽理の前へ九割方ミルクな温かいカフェオレ――というよりコーヒーフレーバー牛乳?――を出してくれた大葉たいようには心底申し訳ないことをしてしまったと思った羽理だ。


 だって……。


「あ、あの……。大葉たいようも私とくっ付くと心臓に負担かかるのに……酔った上とは言え、本当にごめんなさい……!」


 自分はお酒のおかげで平気だったけれど、きっと大葉たいようは違っただろう。


 同じ病いをわずらった身として、自分がたちの悪い爆弾にでもなったような気がして、羽理は心の底から反省した。


 なのに。


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