目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

15.腹黒課長の猛攻②

「あー、いや。お、俺はぶっちゃけお前に抱きつかれた時、心臓よかんがまずかったんだわ。そ、それはそれで――何かすまん」


 羽理うりの心からの謝罪に対して、大葉たいようが訳の分からないことを言ってくるから。


 羽理はキョトンとした顔で大葉たいようを見詰めたのだけれど、何故か大葉たいようにふいっと視線を逸らされてしまった。


 それで結局元通り。

 大葉たいようへの申し訳なさにさいなまれる無限ループにおちいった羽理は、しゅんとしたまま朝食を食べ終えて。

 そのテンションを引きずりながら、朝の支度したくをしたのだけれど。


 とりあえず服は前日とは違うものに着替えられていたから大丈夫だと踏んでいたのに、まさかシュシュのことで仁子じんこから妙な指摘をされてしまうだなんて、ハッキリ言って想定の範囲外。青天の霹靂へきれきだった。



***



「私、勘が鋭すぎる仁子じんこのこと、時々すっごく怖くなる……」


 思ったままを口の端の乗せたら、仁子がニヤリと笑って。

「ふふふ。怖がらせついでにもう一つ言い当ててあげましょうか?」

 とか不気味なことを言ってくる。


「え……?」


 このに及んでもう一つだなんて……一体何があると言うのだろう?


 そう思った羽理うりに、仁子がふふんっと鼻を鳴らせて言い放ったのだ。


「ねぇ、羽理。貴女、裸男さんと一緒にいたら胸が痛くなったりしない?」


「……っ!!」


 羽理が明らかにそうなったのは、それこそ昨夕から。

 仁子と一緒の時にはまだ、その症状は出たことなんてないはずなのに。


(っていうか私、仁子に裸男が部長だなんて言ってないよね!? もしかして……そこも気付いてる、とかじゃ……ない、よ、ね?)


 的確に裸男(大葉たいよう)由来のについて言い当ててきた仁子に、羽理は色んな意味でサァーッと青褪あおざめた。


「……そんなに……分かり、やすい……?」


「分かりやすいも何も……。このところの羽理、裸男率高過ぎなんだもん。けど……その人と何かあるな?って思うのは普通でしょ?」


 当然よ?とばかりにドヤ顔をされた羽理は、仁子の観察眼にただただ感服するばかり。


 でもそれと同時。

 屋久蓑やくみの部長が裸男だと言うのはバレていないと知って、ホッと胸を撫で下ろした。


「多分……気付かれてないと思ってるのは羽理だけよ? 倍相ばいしょう課長もこの前そのこと、しきりに気にしてらしたし」


「えっ」


「ほら、羽理がランチに行けなくて私と課長だけで行った日。羽理が泊まりに行った先の相手のこと、何か知らないか?って根掘り葉掘り尋問されたもん」


「尋問……」


 聞かれた、じゃないところが何気に穏やかじゃないな?と思ってしまった羽理だ。


 そんなに仕事へ支障をきたしている覚えはないのだけれど、もしかしたら指摘してこないだけで、倍相ばいしょう課長が陰で羽理の尻ぬぐいをして下さっているのだろうか?


 だとしたら物凄く申し訳ないなと思って。


(あ……それでだ)


 しきりに倍相ばいしょう岳斗がくとが羽理を食事に誘いたがっていたのはきっと。その辺のことをやんわりと伝えたかったからに違いない。


(なのに私ったら)


 先約だったとは言え、屋久蓑やくみの部長とのランチや買い物の約束を優先させて、倍相ばいしょう課長の誘いを一度ならず二度までも、無下に断ってしまった。


 これは――。

(近いうちに穴埋めしなきゃまずい、よね?)

 羽理は今度は自分から倍相ばいしょう課長を食事に誘おうと決意した。



***



「おはよぉ~。今日も荒木あらきさんと法忍ほうにんさんは仲良しさんだねぇ~」


 仁子じんこと話していたら、不意に背後から頭の中で思い浮かべていた相手――倍相ばいしょう岳斗がくとにのほほんと声を掛けられて、「おはようございます」と返す仁子を横目に、羽理は思わず「ごめんなさいっ!」と謝ってしまっていた。


「え? 荒木さん、何で謝ったの? まだ始業開始のベルは鳴ってないし、雑談してても何の問題もないんだけどな?」


 そこまで言ってから、岳斗がくとは「あ……」とつぶやいて。

「さては法忍ほうにんさんと一緒に僕の悪口を言ってたんでしょう?」

 と、冗談めかして柔らかく笑い掛けてくる。


 そんな岳斗に、羽理うりは慌てて首を横に振った。


「そ、そ、そ、そんなわけないですっ。課長は私のなのにっ」


 思わず言わなくていい付け加えをしてしまって、岳斗に瞳を見開かれた羽理は、余計にワタワタと慌ててしまう。


「あ、あのっ、今のはえっと……へ、変な意味ではなくて、その……」


 懸命に失言をリカバリーしようと頭をフル回転させている羽理の横。ニヤリと笑った仁子が、「おっ、羽理。とうとう課長本人に推し活の尻尾を掴ませちゃったかぁ~」とクスクス笑ってくるから。


 羽理は仁子の口を手のひらでバフッと塞いだ。


 羽理に口封じをされた仁子が、尚もムグムグと何かを言っているようだけれど、今は手を離すわけにはいかない。


(お化粧崩れたらごめんね、仁子っ。後で仁子の分まで私が働くから……その間に化粧直ししてっ!)


 実は、仁子。羽理が趣味で小説を書いていて……倍相ばいしょう課長をモデルに作品を発表していることを知っているのだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?