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15.腹黒課長の猛攻④

 実際、内線を鳴らして部長室こちらへ呼び寄せることも考えたのだが、用件は至極私的なこと。

 ならば、と思い直してスマートフォン内のメッセージアプリを起動して、羽理うりに『何かあったのか?』と一言送ってみるに留めた大葉たいようだ。


 本当は〝さっきの挙動不審な態度は何だ!?〟とか〝倍相ばいしょうと何かあったのか!?〟とか……問い詰めたい思いはあふれんばかりにてんこ盛りなのだけれど、グッと押さえての、あえての八文字。


 羽理には、頑張った自分を評価してすぐさま安心させて欲しい。


 なのに――。


 待てど暮らせど送信したメッセージは既読にならず、もちろん返信のメッセージが送られてくる気配もない。


 出掛けなければいけない時間は時々刻々と迫っているというのに!


 まぁ勤務時間中にプライベートの携帯を見ないと言うのは社会人としては褒めるべきところなわけで。

 だが、今日ばかりはそんなクソ真面目な羽理のことを、恨めしく睨み付けても構わないだろう?と思ってしまった大葉たいようだ。


 大葉たいようはモヤモヤを抱えたまま、淡々と出かける支度をこなしていく。


 いくらプライベートで気になることがあっても、出張は相手のある仕事。

 約束の時間に遅れるわけにはいかないのだ。


 そう思いつつもずっと……効率悪くも机上に置いたままのスマートフォンの画面を睨み付け続けてしまうのくらいは許して欲しい。


 そんな大葉たいようのそわついた心をあざ笑うかのように、結局羽理からの返信はないまま時間切れになった。



***



「あ、あの……倍相ばいしょう課長……」


 仁子じんこが化粧ポーチを片手に「ちょっとメイク直ししてくるね」と席を空けて程なくして。


 羽理うりは〝言うなら今しかない!〟と意を決して岳斗がくとの元へと近づいた。


「ん? 何か問題でもあった?」


 のほほんと春風をまとった雰囲気で岳斗が問い掛けてくるのを見て、羽理はごくっと生唾を飲み込んで――。


「きょ、今日のランチのことなんですけど……」


 身体の前で束ねた手を、ギュッと握って用件を切り出した。



***



「女性と二人ならどこかのお店にって思ってましたけど、お相手の方が望むならこういうランチも悪くないですね」


 羽理うりは今、会社近くの公園で、倍相ばいしょう岳斗がくとと二人並んでベンチに腰かけて、お弁当を広げている真っ最中。



 一旦は大葉たいようの手作り弁当を、仁子じんこに食べてもらおうかと思った羽理だったけれど。


 どこかから戻ってきた不機嫌そうな大葉たいようの顔を見たら、どうにも後ろめたくなってしまった。


 うかがうようにじっと大葉たいようの顔を見つめていたのがバレた時、思わず視線をそらしてしまったのが決定打になって、仁子が席を空けたすき

 良心の呵責かしゃくに耐えかねた羽理は、岳斗に「ランチには外でお弁当とかどうですか?」と提案してみたのだ。


 最初は「え?」と驚いた顔をした岳斗だったけれど、「実は私、今日もお弁当を持って来てまして……」と正直に告白したら「そういうことでしたら」と納得してくれて。


 しばし考えたのち「じゃあディナーに切り替えますか?」と聞かれたのだけれど。


「あ、あのっ。……それでは遅すぎると思うのです!」


 そう力説して再度岳斗を驚愕させてしまった。


 ただ単に、自分に問題があるならば早めにお聞きして、午後からの仕事に生かしたいと思っただけだったのに……そんなに驚かなくても良かろうに、と思ってしまった羽理だ。


 そんなことを思いながら羽理がキョトンとした顔で小首を傾げると、岳斗は小さく吐息を落として――。

荒木あらきさんが僕との食事をそんなに思って下さっているなんて思いませんでした。……何だかすっごく光栄です」

 とにっこり微笑んでくれた。


 待ち遠しく?と岳斗の言い回しにちょっぴり疑念を抱いた羽理だったけれど、早く話して欲しいとこいねがうのは、そういう言い方も出来るのかな?と思い直して、深くは追及しなかった。



***



 季節は夏に向かってまっしぐらな初夏の折。

 さすがに余り日当たり良好の場所だと暑くてたまらないけれど、木漏れ日の射すここは良い感じに心地よい。


 外でお弁当だなんて嫌がられるかな?と心配していた羽理うりだったけれど、岳斗がくとに「こういうランチも悪くない」と言ってもらえてホッとして。


「はい、今日は風もそよそよ吹いていて気持ちいいですし、絶好のお外ランチ日和びよりです♪」


 春先に、岳斗がここでたんぽぽの綿毛を吹き飛ばしていたのを見て、なんて可愛い人なのっ♥ともだえたのをふと思い出した羽理は、一人口のにフフッと笑みを浮かべた。


「もう少ししたら梅雨入つゆいりして、こんな風に外で過ごすこと自体難しくなっちゃうんだろうね」


 ほわんと言われて、「はい」とうなずきながら足元をふと見れば、まだ綿毛を付けたたんぽぽがあちらこちらにポツポツと点在している。


「ん? 何か楽しいことでも思い出したの?」


「あ、いえ……たんぽぽの綿毛が可愛いなぁと思って」


(本当はそれを吹き飛ばしていた課長が可愛かったんですけどねっ♪)


 もっと言うと、社に戻って来た時、髪の毛に綿毛がくっ付いたままの課長の様子が最高に愛らしく見えて、帰宅するなり勢いに任せて一気に一本短編が書けてしまったくらいだったのだが。


 さすがにそれをバラすわけにはいかないので、羽理は曖昧あいまいに言葉をにごして誤魔化した。

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