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15.腹黒課長の猛攻⑤

「あー、たんぽぽの綿毛ってさ、見てると何だか童心にかえって吹き飛ばしてみたくならない? 僕さ、大人気ないなって思いながらこっそり吹き飛ばしてみることあるんだ」


 荒木あらきさんだけに言うね、とウインクされて、羽理うりは心の中で(ええ、存じ上げておりますとも!)とこぶしを振り上げた。



「ね、ところで荒木さんの弁当それ、手作り?」


「あ、はいっ」


 岳斗がくとのひざの上に載っている弁当は、会社近くの仕出し屋の幕の内だ。


 かさの部分にアスタリスク型の飾り切りが入った大きなシイタケと、花形にくりぬかれたニンジンが目にも楽しいお煮しめ。それから皮の焼き目が絶妙なサバの塩焼きが美味しそうな一品。

 卵焼きも鮮やかな黄色が目にまぶしくて、ほうれん草のバターソテーの緑色とのコントラストが何とも食欲をそそられる。


 対して羽理の弁当は、一品一品大葉たいようが真心を込めて作ってくれた愛情弁当で、いろどりだってきっと、岳斗の広げている幕の内弁当にだって、引けを取らない。


 今日は小さく刻まれた肉じゃがが入ったちょっぴり茶色っぽい卵焼きと、マヨダレが美味しいテカテカの鶏の照り焼き、ひじきと水菜のサラダ、猫の顔型にくりぬかれたニンジンで作られた艶々のグラッセ、十三穀米のおにぎりが入っている。


 いつも思うけれど、大葉たいようは本当に料理上手だ。


 冷蔵庫の中はいつも綺麗に整理整頓されていて、チルド室には冷凍食品が常にアレコレと潤沢じゅんたくに収納されている。

 照れ隠しからだろうか? 「冷凍してんのをテキトーに取り出してレンジでチンしただけだ」と、どこかぶっきら棒に言いながら、色んなおかずを弁当箱の中に詰め込んでくれるのだ。


 今朝、見るとはなしに眺めていたら、冷凍品を解凍しただけだ、とか言いながら、ニンジンのグラッセは一から作ってくれていた。

 興味津々で見守る羽理の前で、大葉たいようは少し厚めの輪切りにしたニンジンをレンジで柔らかくしてから、羽理のためだろう。わざわざ可愛く見えるようクッキーの型で猫の顔型にくり抜くなどと言うひと手間を加えてから、バター風味の甘塩あまじょっぱいグラッセにしてくれた。



「ホントすごいね。見た目も綺麗だし……肉と野菜のバランスも良さそうだ」


「はい。見た目だけじゃなくて……味もとってもいい、すっごいお弁当なんですよっ♪」


 思わずの自慢をするように、大葉たいようの功績をたたえたくて力説してしまい、岳斗に目を真ん丸にされてしまった。


「その言い方。――自画自賛、って感じじゃないね?」


 言われて、羽理はグッと言葉に詰まって。


「あ、あの……これ、実は人から作って頂いたお弁当なんです」


 しどろもどろに言ったら、「ひょっとして……裸男さんの彼女さんお手製ってことかな?」とか言われてドキーン!と心臓が跳ねる。


(な、何でご存知なんですかっ!)


 裸男というパワーワードが岳斗の口から飛び出して、咄嗟とっさのことにワタワタと慌てそうになったものの、実際に作ってくれたのは裸男の彼女さん――大葉たいようの愛犬キュウリちゃん――ではなく、裸男自身だ。

 大葉たいようが聞いたら、「いや、俺の彼女はウリちゃんじゃなくてお前だろ!?」と憤慨しそうなことを思いつつ。

 その差異に、(バレてない、よね?)と気付いた羽理うりは、ちょっとだけホッとする。


 その上で、わざわざ裸男を持ち出されたことに疑念をいだいた羽理は、「あ、あの……私、昨晩もよそ様へお泊りしたって……課長にお話しましたかね?」と瞳を泳がせながらも質問に質問で返すと言う卑怯な戦法に出た。


 そうしながらも心の中、(そんな話より、早く仕事のことを指摘してくださいっ! あんまり部長のことを考えると心臓に悪いのでっ!)なんてことも思っていたりする。


「ううん。聞いてないよ? ただ――」


 そこで羽理をじっと見つめると、岳斗がスッと手を伸ばしてきた。

 真剣なまなざしとともにズンズン近付いてくる〝推し〟の手に、思わずじっと見入って。

(あ! 何かいいシーンがひらめきそうです!)

 などとどうでもいいことを考えている羽理だったのだけれど。


 キュッと柔らかく髪の毛に触れられた瞬間、身体にビリリ!と電撃が走った。


(よっしゃぁー! きたぁぁぁっ! ああ、今すぐ帰って『あ〜ん、課長っ♥ こんなところでそんなっ♥』の星特典を書き上げたい!)


 羽理は、ウズウズとはやる気持ちを、お弁当箱と箸を握る手に力を込めてグッとこらえる。


「ほら、だって髪飾りが……昨日と変わってない」


 早くこの衝動のままに萌えキュンなお話を書きたい!と思いつつ、「あぁ、今朝、仁子じんこからも同じことを指摘されたんですよー?」と、心ここにあらずな状態でおざなりに答えたら、髪に触れたまま岳斗の顔がグッと近付いてきた。


(ん? 何か距離が近すぎません?)


 そう思ったと同時――。


 なけなしの自衛本能が働いた羽理は、スッと身体をのけ反らせて。

「あ、あの……課長……?」

 と呼び掛けて、恐る恐る岳斗を見詰めた。


「……ダメ、かな?」


「……えっと……何のことをおっしゃってるのかはよく分かんないですけど……多分ダメだと思いますっ」


 言った通り、岳斗が何の許可を求めているのかまではハッキリとは分からなかったけれど、OKしてしまえば自分のことを好きだと真摯しんしに伝えてくれた大葉たいようを傷付けてしまいそうな気がして、羽理の心はザワザワと落ち着かない。


(だって課長ってば、何だかキスとかしてきそうな勢いなんだもん!)


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