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16.その女性(ひと)は誰ですか?②

 それを裏付けるように、もう帰社していてちょうど今し方駐車場に車を停めたばかりだと付け加えてきた大葉たいようから、『シャワーと着替えを済ませたら内線で呼び出すから。呼ばれたらすぐ俺の部屋へ来るように。――分かりね? 荒木あらき羽理うり』と、で念押しされて。


 説明出来ないことを目一杯やらかしている自覚のある羽理は、思わず「ひっ」と悲鳴を上げてしまった。


 その様子に何か察したんだろう。

 大葉たいようから、『ま、やましいことがないならそんなにおびえることはないがな?』と、吐息混じりの不敵な言葉を投げ掛けられた。



***



 羽理うりが電話を終えてベンチの方へ戻ると、岳斗がくとも弁当を食べ終えていた。


「電話、終わった?」


 聞かれて「はい」と答えたら怪訝けげんそうに下から顔を見上げられる。


荒木あらきさん、何か顔色悪いけど平気?」


 ベンチそばに立ったままの羽理の顔を座った状態で下からヒョコッと覗き込んできた岳斗に、羽理は「だっ、大丈夫です」と、全くもってそうは見えない態度で言ってしまって。


「心配事があるならいつでも相談に乗るからね?」


 立ち上がった岳斗に、ふわりと頭を撫でられた。


「有難うございます」


 岳斗にはこんな風に不意打ちで触れられても、さっきみたいに変な下心を感じさせられなければ全然平気だ。


 だけど――。


(部長室に呼び出されたら私……屋久蓑やくみの部長との距離、絶対近くなっちゃうよね? うー、考えただけで心臓バクバクするんだけどぉー。――大葉たいようは……平気なの?)


 そんなことを考えながらギュッと胸のところを押さえて、羽理は小さく吐息を落とした。



***



 屋久蓑やくみの大葉たいようは社名入りの軽トラを運転して会社に戻ると、駐車場へ車を停めてドアに施錠をしながら、グーンと伸びをした。


(軽トラ、荷物が沢山載せられて便利なんだが、乗り心地が良くねぇんだよな)


 リクライニング出来ないシートに、クッション性の高くないサスペンション。

 最近の農道は国道や市道なんかよりよっぽど舗装が良いから、走行していてもそれほど車体が跳ねまわったりはしないけれど、それでも長いこと乗るには不向きだ。


 大葉たいようはそれほど大柄な男ではないけれど、愛車のSUV――ニチサン自動車のエキュストレイルに比べると、格段に狭いし乗り心地も悪い。


(ケツがいてぇ)


 ギシギシに固まった身体を伸ばすと、あちこちがパキパキ鳴って気持ちよかった。


 この身体の疲れ、実は運転のみのせいではない。


 今日の出張先でも、大葉たいようはつい出来心から現場の作業をこなしてしまったのだ。


 本来ならば売り方などをプロデュースするだけの立場にある土恵つちけい商事の人間が、農作業に手出しする必要は皆無なのだけれど。

 大葉たいようは元々農業に造詣ぞうけいが深い方だったからほとんど無意識、「にも手伝わせて下さい」なんてセリフを吐いてしまっていた。


 家族からの勧めで、大学は農大に行った大葉たいようは、そこで専攻した土地活用学科で水稲すいとうの基礎的な学習や、麦や大豆、路地野菜の生産や機械作業に関する知識・技術を実習主体の実践学修で学んだ。


 別に実家が農家とか……そう言うわけではないのだけれど、農業とは切っても切り離せない家業を営む、母方の祖父や伯父の背中を見て育った結果、大葉たいようは何となくそちら方面に興味を持ってしまったのだ。


 きっと、子供のいない伯父が姪っ子・甥っ子にあたる大葉たいようたち三姉妹弟さんきょうだいを、まるで我が子のように可愛がってくれたのも影響しているんだろう。


 そもそもこの、〝大葉おおば〟と書いて〝たいよう〟と読ませる無茶振りな名前も、母方の伯父の命名だ。


 だからだろうか。〝ウリ〟なんて変わった響きを持つ荒木あらき羽理うりに惹かれたのは。

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