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16.その女性(ひと)は誰ですか?⑥

(週末にその予想が正しいかどうか検証してみようって言ってたくせに……それもしてないままじゃん……)


 そこをもっとちゃんとしていたら不用意に飛ばされる心配をしなくても良かったのに。


大葉たいようの……バカっ!)


 午後以降何度目になるだろう。

 大葉たいようのことをバカと称するのは。


 大葉たいようがあの綺麗な女性を優先して、自分との約束を反故ほごにしたのは確かだ。

 そう思うと心臓がズキンと痛んで、羽理は胸を押さえて吐息を落とした。


(私の不整脈。胸のモヤモヤまで付け加わって悪化してるよ? なのに……何でそばにいてくれないの?)


 医者でも温泉でも治せないこのやまいは、大葉たいようと一緒にいることでしか治らないって言ったくせに。


 服を脱ぎながらも、考えるのは大葉たいようのことばかり。


 羽理は生れてこの方、こんなに一人の異性のことを考えたことはないかも知れない。


大葉たいようの、バカ!)


 羽理は全ての服を脱ぎ終えて風呂場の扉を開けながら、再度大葉たいように毒づいた。


 ベッドに放り出されたスマートフォンの電池残量が残り二パーセントになっているのに気付けなかったのは、痛恨の極みだったかも知れない。



***



 ゆっくりと湯船に浸かるのが好きな羽理うりが、お湯張りをせずにシャワーだけで風呂を済ませようと思ったのは本当に久しぶりだ。


 疲れた日や癒されたい日にはお気に入りの入浴剤を入れて好きな香りに包まれながらのんびりと身体を温める。


 大好きなはずのそんなことすらしたくないと思ってしまったことに、自分でも凄く驚いた。


 いつもより熱めに設定したお湯を浴びながら、羽理は何だか分からないけれどポロポロとあふれてくる涙に戸惑って。


(あの綺麗な女性ひとが来たから、大葉たいようは私のことなんてどうでも良くなってしまったんだよね?)


 そう思ったら、信じられないくらい心が乱れた。


(私、こんな感情知らない……)


 羽理は次から次にこぼれ落ちる涙をシャワーで誤魔化しながら、懸命に頭を洗って身体をボディソープの泡でくるんで。

 洗顔料で顔も綺麗に洗ったけれど、それでも涙はなかなか止まってくれなかった。


 羽理は涙が引くのを待つのを諦めてシャワーを止めると、風呂場から出ようとドアを開けた――。



***



「えっーーーっ!? どういうことぉ!? 貴女、どっからわいてきたの! っていうか、誰!? 何でここにいるの!?」


 突如投げかけられた矢継やつばやな黄色い声に「えっ?」とつぶやいて視線を上げると、目の前にナイスバディな裸の女性がいて。

 ほろほろと涙を流しながら濡れそぼったままの羽理うりを指さしながら大きく目を見開いた。


 問われた羽理も、何が何だか分からなくてすぐには答えられなくて。


 泣き過ぎて痛む頭を抱えながら見回せば、どうやらそこは大葉たいようの家の風呂場のようだった。


 でも。


 目の前にいるのはもちろん屋久蓑やくみの大葉たいようなんかではなく、先ほど会社の受付で見かけた綺麗なお姉さんで。


 サッとバスタオルで自分の身体をくるみながら羽理をじっと見つめてきたその人の視線に耐えきれなくなって、羽理がギュッと身体を縮こまらせたと同時。


「ねー、たいちゃん! 私がいるのに女の子連れ込むとかどういう神経してるの!?」


 羽理の横をスッと通過した女性が、脱衣所の扉を細く開けて、すぐ先に続くキッチンへ向かって声を掛けた。


「はぁ? 柚子ゆず、何をわけの分からんことを……」


 そんな声とともに近付いてきた足音とともに、脱衣所の扉が大きく開けられて大葉たいようが顔を覗かせた。


たいよう……?」


「羽理!?」


 柚子ゆずと呼ばれた女性の後ろで泣き腫らした目をして立ち尽くしたままの羽理を見るなり、大葉たいようから名前を呼ばれて。


 彼の声に羽理がビクッと身体を震わせたのを合図にしたように、大葉たいようが、慌てた様子で裸の羽理にバサリとバスタオルを被せてきた。

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