「……お前、何でこんな時間に風呂入ってんだよ! まだ会社にいる時間のはずだろ!?」
タオル越し、まるで折悪しくワープしてきたことを責めるみたいにそう問い掛けられた羽理は、柚子と呼ばれた女性との時間を邪魔するなと怒られたように感じて、胸がズキンッと痛んだ。
(どうして約束を破られた私がそんな風に言われなきゃいけないの?)
そう思ったと同時、堰を切ったように言葉が溢れてきてしまう。
「大葉こそ! ……就業時間中に女性を家へ連れ込んで……一体何してるの!?」
悔しさからなのか、悲しさからなのかわけが分からない涙をポロポロとこぼしながら眼前の大葉をキッ!と睨み付けたら、彼が驚いた顔をして。
そこでやっと、現状のマズさに思い至ったみたいに慌てた様子で言い返してくる。
「ば、バカッ。お前、何か勘違いしてるようだが……こいつは俺のすぐ上の姉でっ、……お前が考えているようなやましい間柄じゃねぇ!」
まくし立てるように大葉から発された言葉に〝姉〟という文言を拾って、羽理は呆然とつぶやいた。
「お姉……さん?」
「はーい! 私、たいちゃんの二歳上の姉でーす。――で、なになに? 羽理ちゃん?はひょっとしてたいちゃんの想い人? ねっ、たいちゃん! 伯父さんはそのこと知っててたいちゃんにあんなこと言ってきてるの? それとも知らないだけ? やだぁ! お姉ちゃん、物凄ぉーく興味津々なんだけどっ♥ わぁー、ななちゃんにも教えてあげなきゃーっ」
戸惑いを多分に含んだ羽理の声に、柚子が羽理には何のことだかサッパリ分からない言葉を交えながら、嬉しそうに羽理の方へ身を乗り出してくる。
どうやら柚子。
他のことに気を取られた結果、羽理が突然姿を現したことについてはひとまずポーンと頭から抜けてしまったらしい。
そう言うところが五つ上の長女――七味より扱いやすいのだが。
(どの道、面倒臭ぇことに変わりねぇわ)
大葉はマシンガントークを繰り広げる姉を心底鬱陶しげに押し退けると、「ややこしくなるから柚子は引っ込んでてくれないか?」と、かなり強引に彼女をキッチン側へ追い出してから、脱衣所の扉をピシャリと閉ざした。
***
「大葉……?」
明らかに泣きまくったとしか思えない羽理が、困惑しまくりの顔をして自分を見上げてくるから。
大葉は衷心から申し訳ない気持ちで一杯になって。
「びっくりさせてすまん。あと……約束もすっぽかして悪かったな。……もしかして……お前がそんな風に目、泣き腫らしてんの、俺のせいか?」
そっと目元に触れて告げられた大葉の言葉に、羽理がギュッと下唇を噛んだのが分かった。
大葉は二人姉がいる関係で、幼い頃から姉たちのことを各々名前で呼んできたのだが、そのせいで羽理にあらぬ誤解をさせてしまったらしい。
それも含めて心底申し訳なく思って。
「本当、すまん。俺、柚子が――姉が風呂へ入ってからすぐ電話したんだけどな。お前、携帯の電源落としてて繋がらなかったから……」
終業時刻に合わせて、一旦会社へ出向いて羽理が出てくるのを待ち伏せするつもりだったのだと素直に告白した。
羽理は携帯の電源を切った覚えはなかったけれど、電池残量を確認したわけではない。
今日は大葉からの連絡を気にして何度も何度もスマートフォンを眺めてしまっていたから、もしかしたら充電が尽きてしまったのかも知れない。
それに、よもや電池があったとして……タイミング的に電話がかかっていた時刻はシャワー中で出られなかっただろう。
「そんなことしたらお姉さんは……」
「社で騒がれんのが嫌だったからとりあえず連れて帰っただけだ。……そこは飯でも食わせといて適当に放置で構わんだろ」