高嗣は、私室を訪ねてきた息子の言葉に対して迷いもせず頷いた。
同い年の子供とたまたま出会い、本を貸してやりたいというだけのことだ。
彼は自分の息子がそれなりの慈悲深さを持っている事実に少し機嫌が良くなったくらいで、その対象となった娘のことなどどうでもよかった。子供のすることだ。
呆気なく降りた許可について戻ってきた晴臣から聞かされて、白蓮は大喜びした。
「ありがとう、晴臣! 大事に読むね!」
「ああ……」
晴臣が気になったのは、無邪気に笑う白蓮の後ろで平身低頭している彼女の父親のほうだった。
晴臣もこんな扱いをされることには慣れていたが、先程目にした千鶴の態度も相まって、彼女の父親が自分と別れた後の白蓮に何を言うかはありありと想像できる。
――白蓮は、すごい。
晴臣は心からそう思っていた。
本を貸すという話になった後も、父親を待つ間晴臣は白蓮と話をしていた。追い出すような気になれなかったのだ。
白蓮は陰陽師としての才能はないと言ったが、知識としては実にさまざまなことを知っていた。晴臣でも驚くくらい――律己が普段から色々と教えているという話にも納得がいった。
力になりたい。そう思わせるような何かが、この少女には確かにある。
才能がなくても学んでいい。彼女が誰に認められるためでもなく、自分のために学んでいる姿が晴臣には眩しかった。自分にはなかった視点を教えてくれた彼女と、これからも付き合っていきたい。
友達になりたいと――そう、思った。
子供の行動はすぐに制限されてしまう。白蓮にも晴臣にも、そのくらいのことはわかっていた。だから。
だから晴臣は、彼女の父親へ向き直る。
「貞明様。私も、同い年の友達が欲しいのです。本の貸し出しは父も認めてくれました。……どうか、これからも白蓮に会わせてください」
貞明はひれ伏すことも忘れるくらいの衝撃を受けた。
分家の当主とはいえ、家全体の未来そのものである本家嫡男の希望に逆らえるわけもなかったが――その言葉がまさか自分の娘を求めるものだとは、彼は予想したこともなかったのだ。
実家に戻ってからの白蓮は、大変だった。
本家の嫡男と仲良くなった。
そんなとんでもない話を聞いて、まず彼女の母親が目眩を起こした。母を安心させようとした白蓮が「晴臣は優しかったよ」などと軽く言うものだから、母はそのまま膝の力が抜けて立てなくなってしまったという。
兄と姉に囲まれ、どうやって親しくなったのかと問われた白蓮は素直に答えた――本を借りたくて、近くの部屋に突撃したら晴臣の部屋だったと。姉二人は頭を抱えた。
白蓮を自由闊達に育てていたことが、こんな不敬に繋がってしまうなんて思ってもみなかった。本家嫡男の機嫌を損ねなかったのも、紙一重のことではないか……。
「白蓮、お前は本当に凄いよ」
周りが青くなって右往左往する中、兄の律己だけは小さく笑っていた。兄がそんなふうに笑うのはひどく珍しいことだった――きょとんとする白蓮の頭に軽く手が置かれる。
「どういうことですか?」
「必死で篁晴臣に取り入ろうとする者たちが、お前の純粋な好奇心に誰一人敵わないんだ。こんなにおかしいことはない」
「でも、みんな困ってるみたいです」
「困ってなんかいないさ。じきお前への尊敬に変わるだけのものだ」
兄が楽しそうにしているので、白蓮も微笑みを返した。それから思い出したように言う。
「あ……兄さま。千鶴さまのこと、ご存知ですか?」
「千鶴? 誰だ?」
「本家のお姉さんです。兄さまと同い年くらいで……とてても優しくしてもらいました」
律己は正直妹の言う女にはまったく心当たりがなかった。今のところ本家付きになるつもりのない律己は、当主に呼ばれたら顔を出して話し相手をするだけなのだ――本家の人間にさほど興味はない。才能なしで一番の「大当たり」を見事に引き当てる幼い妹を見ている方がずっと面白い。
「……そうか。良かったな、白蓮」
「はい! また本家に遊びに行くんです!」
「ああ。俺が呼ばれた時とタイミングが合う時があるといいが」
また、はい、と明るい返事。素直な様子を可愛らしいと思って、律己はひとつ頷いた。