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第13話

 篁分家、八束。

 八束の家には鬼が棲む。そんな風に言われるほど、式神の扱いに秀でた家だ。

 失敗したとはいえ、遠い昔は本家からその座を実力で奪おうとしたこともあるほど血気盛んな、戦闘に特化した分家。

 当主の八束重富はそんな古の怨念がついに人の形をとって戻ってきたと囁かれるほどの野心家だが、その分陰陽師としての力も申し分なかった。

 当主として君臨する彼の元にはやがて息子が生まれ、その息子もまたすさまじい力を持った。

 八束朔也。

 巨大な熊のごとき豪傑である父ではなく、分家きっての才媛であった母のほうによく似た線の細い美少年。

 雪のように白い肌、いつも不安に揺れる瞳、明らかに華奢な体躯。よく泣き、何事にも怯え、まるで女子のようだと揶揄された。

 だが彼の才能と力量は確かに父のそれを受け継いでいた。

 多くの陰陽師の親がそうするように。

 何か起きはしないかと、父が物心もつかぬ彼の手に式神の形代をまとめて握らせた途端。


 巨狼。


 そこには、――少年の身体ごと丸呑みにしてしまえそうな狼が四体も顕現していた。

 絹糸のように艶やかな毛並み。何もかも食い切るだろう鋭い牙と息遣いに、全てを射通す厳しい眼。少年が意味もわからず眺めていただろう居間の掛け軸からそのまま飛び出してきたような、それは見事な銀狼だ。

 目にするほとんどのものに怯えてばかりだった朔也は、唯一このときだけは――怯えなかった。

 実の父親でさえ一歩後ずさるのを気にも留めず、時が止まったように、静かに狼たちを見つめた。

 自分が喚んだものだと分かったのだ。

 狼たちは咆哮することもなくその場に座した。

 ゆっくりと。

 主人であるその美しき少年を――囲んで守るように。

「神の子だ」

 あまりの光景に、誰かが呟いた。まるで絵画のようなその姿は、八束の家の多くの者の目に焼き付いた。


「すごいわ! 天才じゃない!」

 神話のような物語を聞いて目を輝かせる白蓮に、晴臣はなぜだか若干苛立った。幼い彼の苛立ちは明らかに顔に出たが、白蓮は彼の話に夢中で気付かない。

「……話は終わってない」

「そうなの? 聞かせて、お願い!」

 なんの曇りもない笑顔と、しっかり掴まれた手。晴臣はやがて諦め、やや荒い口調で続けた。

「それで、当主が物凄い勢いで推薦してきて、父様も興味を持って……結局、一年くらい前に本家付きになった。子供で本家付きになったのはあいつだけだ」

「うん! それで?」

「終わりだ」

「え?」

 白蓮はぽかんとして晴臣の手を離した。晴臣はその真ん丸の目を見て、馬鹿みたいに感情が出るな、などと思う。

「晴臣、話は終わってないって言ったよ」

「だから今終わっただろ。それからは何もない」

「何もないって……」

 つい怪訝な顔になった白蓮に、晴臣は首を振る。

 八束朔也。

 四歳の身で奇跡を起こし、鬼才と呼ばれた少年。

「あいつは――自分で喚んだ式神を操れないんだ」

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