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第14話

 八束朔也は自分の忠臣とも言える四体の狼を見事に従えてみせ、彼の父親はそれに歓喜した。

 素晴らしい才能です。ぜひ当主の子の友人に。

 八束重富は早ければ早いほどいいと考え、本家へと息子を売り込んだ。

 確かに彼が天才であるのは明らかだったが、高嗣が本家付きになるにはあまりに幼い朔也を受け入れたのは――彼が自分の息子と同い年だという理由も大きい。

 果たして晴臣は父によってその少年と引き合わされた。

 晴臣でさえ四体もの巨狼を自在に操ることなどできない。彼は恐れ半分、そして同い年の少年への期待半分で彼と顔を合わせた。

 そして、本家へやってきた朔也その人はといえば――意味不明なほど顔を真っ青にして、碌に会話も成立しなかったのである。

 彼は確かに震える手で狼たちを喚んだ。その時こそ晴臣は圧倒的な迫力を持つその存在に驚き、見惚れさえしたが――狼たちは主人を黙って見るだけで動くそぶりも従う素振りも見せず、やがて姿を消した。

 巨狼たちを意のまま動かすという前評判など、とても信じられないような有様だった。

「……なんで?」

「知るか」

 晴臣は当時のこと、実に苦々しい初対面のことを思い出して嫌な顔をした。

 友達になれるかもなどと心の片隅で思っていた自分が心底馬鹿らしくなるほど、彼は晴臣に怯えているようだったのだ。自分が一体何をしたというのか――そんな怒りさえ感じた覚えがある。

 白蓮は首を傾げるしかない。

 朔也の様子を、高嗣は大して気にした風もなかった。元々幼すぎると思っていた。無理させることもない――そう言って呆気なく対面は終わった。

 返す刀で分家に送り返しては角が立つ。高嗣は彼に部屋を与え、落ち着いたら式神の力を披露するよう言い含めた。その時はがくがくと頷いた朔也も、もちろん自分からそんなことを言い出す訳がなく――ただ、時間だけが過ぎた。

 彼は時折屋敷をうろつくだけの、空気のような存在になってしまったのだ。このまま何もなく一年が過ぎれば、おそらく分家へ返されることになるだろう。

「もう父様は、あいつのことを話題にもしない」

「……そうなんだ」

 白蓮は話を聞きながら、先ほど少しだけ見た少年の姿を思い返した。綺麗な子だったな――と思う。見るからに儚げで、気弱そうな少年。

 それでも、式神の扱いでは晴臣を凌ぐ程の才能を持つという。謎めいたその少年に対して白蓮の好奇心が刺激されないはずもなかった。

「でもおかしいよ、式神を使えなくなるなんて。狼だって喚ぶことはできたんでしょ? それなのに、どうして動かせないんだろう」

「本人に聞いても何も答えない。案外、そういうこともあるんじゃないのか」

 白蓮の聞く限り、晴臣の口調はなんだか意地になっているような感じだった。きっと友達になりたかったんだろうな、と彼女は想像している。

 とはいえ、素直でない晴臣のことは置いておいても――白蓮には納得することができない。それほど桁外れの才能を持っていたはずの少年に何があったのか。

 話してみたい、と思ったのが思いきり顔に出た。彼女の表情を見た晴臣はじっとりとした目を向ける。

「……紹介しろとか言うなよ」

「言わないよ! その子の部屋を教えてほしいだけ」

「……」

 友達じゃないんだぞ、と晴臣が言う。あの気弱な少年はきっと白蓮にも何も話さないだろうと思うのに、――その反面、自分さえ心を許した白蓮ならと思う気持ちもわずかばかりある。

 そんな希望を拾い上げるように、白蓮は笑う。

 私が友達になるよ。大丈夫。

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