凄くなんてないよ、と朔也は言った。
「どうして?」
「どうしてって……」
ぱっと聞き返されると、すぐにうまい言葉が出てこない。白蓮につられて少しは話せていた勢いが、自分の中でみるみる萎んでいく。言葉を探そうとするあまり朔也は黙り込んでしまった。
碌に会話もできなかった。白夜はそんな晴臣の言葉を思い出す。
「八束朔也くん。だよね?」
とりあえず確認すると、少年は小さく頷いた。そんな姿を見るに、白蓮は改めて美しい顔をしているななどと惚けたことを考える。
「そんなに髪、長かったんだ。さっきは分からなかったよ」
さっき。
朔也が二人のもとから逃げ出した時である。
責められたような気分になった朔也はまた俯く。さっきは縛ってたから云々と呟いたのが聞こえたのはいいが、白蓮は彼とどうやっても目を合わせることができない。
(こんなに綺麗なのに)
やや負のオーラが強すぎるけれど、白い肌――艶やかな髪、憂いをまとった端正な顔立ち。どこをとっても人間離れした美しさだと言っていい。
彼が銀狼を四体も操る光景。銀狼たちがこんな華奢な少年に傅き従う姿は、どんなに幻想的なことだろう?
見てみたい。
彼女は――当たり前に、そう思った。
「ほんとに、綺麗だね」
白蓮が思ったままを語っても彼は答える言葉を持たない。髪の話なのか、彼女の視線の先にいる狼のことなのか、つい考えてしまい分からなくなったのだ。
かつて当主の息子と引き合わされた時のことを朔也は嫌でも思い出す。あの時も相手の純粋な興味、そしてその分容赦のない視線に自分は耐えることができなかった。
逃げ出したくなる。
こんな、真っ直ぐな目からは――いつだって。
「……」
「私、式神を喚べないの。だから珍しくて。もうちょっと見ててもいいかな」
尋ねてみても、朔也はあわあわと不安げに首を動かすだけで答えない。
彼の一存で決められないことなのだろうか、と思いながら白蓮はとりあえず狼のほうへまた視線をやった。
幸いいまだに消えることのないその式神は、子供たちのことなどどうでもよさそうに虚空を見つめている。
(なんてよく出来た式神なの)
白蓮がその手で喚ぶことは叶わない存在。だからなのか、彼女の瞳にその狼はこの上なく魅力を持ったものに映る。
天才には、これほど神秘的な力が忠誠を誓う。なんて甘美な才能だろう。
静かな視線はその鬼神の輪郭を緩やかになぞり、彼女の口角を上げる。存在を充分に確かめた後は、当然次の欲求が現れる。
誰だって、知りたいと思うはずのこと。
――名前を知りたい。その名を呼んでみたい。
『式神を喚んだ陰陽師は、顕現したものを名前で縛る。縛られた式神はそれを頼りに、何度でもその姿をとって意思を持てる』。
白蓮は自分の得た知識をもとに、朔也を振り返って疑問をそのまま口にした。
彼の表情を恐怖で染めるのには充分な――それは禁断の問いだった。
「あなたの式神、名前は何ていうの?」