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第19話

 碌に会話が成立しない、と晴臣が言っていたのはその通りだった。

 白蓮の目にも朔也はひどく怯えているように見えた。何がそんなに彼を追い詰めているのか、わからない。

 でも――悪い人間ではないということも、実際に会ってみて分かった。

 晴臣もそうだったけれど、彼は勝手に踏み込んでいった白蓮に怒らなかった。怒れなかったのかもしれないけれど、会話をしようともしてくれた気がする。

 何より初めて見た時のその姿。

 彼は、狼と寄り添うように座っていた。

 式神のことが嫌いだったら、部屋で一人でいる時にわざわざ喚び出したりしないだろう。誰に強制されなくとも、彼は式神と共にいたいと思っているのだ。

 ――だけど、朔也は式神を使役することができない。式神も彼の意のままに動いたりしない。それでも呼び出しには応じる。従いはしないけれど、そばにいる……。

(……?)

 そんな状態のことを、なんと言うのだろう。

 白蓮は本家から借りてきた本をばらばらと捲った。式神に特化したそんな本の内容はほとんどわからないが、ところどころ理解できる部分もある。質より量と思って読み飛ばしていく。

 ――やがて白蓮は借りてきた本の中に、古の式神使いの手記があったことを思い出す。まったく有名なものではないし字に癖がありすぎて読めそうもないと思ったのだが、何か役に立つかもと引き抜いてきたものだ。

 案の定崩れた文字は彼女にはほとんど読めずにがっかりした。がっかりついでに通して眺めていると、ふと――崩されてはいたが、「式」「名」という文字を見つける。

(名前)

 それから彼女は数十分、その頁だけとひたすらに格闘した。彼女自身にも説明しようのない、不思議な確信がそこにあったのだ。

 誰も入り込めない探索。静かな水の底を彼女は一人で潜っていくようだ。こんなときの白蓮には、きっともう誰の声も届かない。彼女は自分の好奇心のため、真実を求める心のためにその目を凝らすのだから。

 姉の慈悲深い眼差しと、晴臣に聞いた話が彼女の頭の中をぐるぐると回る。

 手にした情報の中にきっと答えがある。

 そして――長い時間を掛けた後で、彼女はそれが自分の探し求める記述であったことに気付いた。

(これだ)

(きっと、あの子の式神は……)


 *


「晴臣! 聞いて聞いて!」

 真っ直ぐ部屋に突撃して何の躊躇いもなく襖を開けた白蓮に、晴臣は呆れて文机の前から立ち上がった。

「急に開けるな。白蓮」

「あ、ごめん」

 白蓮ははっとして心底申し訳なさそうな顔をしながらも部屋に入り込んできて、そのまま襖をぴったりと閉めた。

 心なしか誇らしげだ。以前受けた注意は忘れていないと言いたいらしい。

「……普通に入ってくるよな、おまえ」

「えっ」

 部屋に二人きりになった後でびっくりした顔をされても……。もはや何も言うまいと晴臣は文句を溜息に変えた。

 周りの人間たちから恐縮され必要以上に気を遣われている晴臣にとって、遠慮のない白蓮の振る舞いに安心してしまうのがなんだか悔しい。

 それでと先を促され、白蓮は嬉しそうに口を開いた。

「晴臣。朔也のところに行こう」

「は?」

「あの子が式神を使えない理由が分かったんだよ」

 白蓮は晴臣の手をぱっと取る。晴臣はまた文句を言おうとして、――困惑が勝つ。理由が分かった?

 晴臣の父でさえあっさりと見放した、あの少年の真実がこの少女には分かるというのか。

「待て、俺が行ったらおかしいだろ」

「おかしくないよ! 晴臣の力も必要なんだから」

「俺の?」

 白蓮はもう答えなかった。小さくも闊達な少女の勢いに負け、晴臣はそのまま廊下を引き摺られるように進んだ――使用人が見たら卒倒しそうな光景だ。

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