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第24話

「姉さま、姉さま!」

 朔也と晴臣が準備をしてくると言うので、白蓮は本日の付き添いである千景のところへ戻った。

 千景は本家付きも間もなくと言われるような立ち位置で、高嗣とも定期的に話をしに来ている。今日はもうそれも終わり、白蓮の「遊び終わり」を本を読みながら待っているところだ。

「白蓮。お友達はもういいの?」

 妹の姿を見て本を閉じた千景の質問に、白蓮は満面の笑みで首を振る。

「まだです! 姉さま、庭に来てください。きっとびっくりします」

「ええ? 何があるの」

「朔也が式神を名付けるんです。すっごくもふもふの狼たちに!」

「もふ……?」

 無邪気な白蓮の笑顔は置いておいて、千景には言われたことの意味はともかく状況が理解できなかった。

 千景も本家付きの陰陽師たちとは一定の交流があるが、朔也――という名前を久々に聞いたのだ。

「白蓮。その子って、本家の?」

「はい! 友達です!」

 千景は話したことも、その姿を見かけたこともない少年。史上最年少で本家付きになったという天才。

 本家に鳴物入りで来たはいいけれど、こちらではまったく力を発揮できずに捨て置かれているとか……。

 他の若手陰陽師たちからもなんとなく憐れまれ、遠巻きにされて居場所がないような――そんな存在。

(友達?)

 聞いていた話とすぐに結びつかない。この妹の輝くような笑顔はなんだろう。友達というのも驚いたし、それに、式神を名付けるとは?

「私も、これから見に行きます。いいものがきっと見られるから」

「……あ、白蓮。待って。私も」

 千景は駆けていこうとする白蓮を見て、慌てて続いた。妹は笑って姉の手を引く。そんな微笑ましい光景にも、千景はなんとなくざわざわとしたものを感じてしまう。

(いいものって、何?)


 白蓮は笑っている。

 彼女に手を引かれて、ほぼ走るような勢いで庭に出た千景は異様な光景を目にした。

 最初に視界を覆ったのは人だかり。庭で修行をしていた若手陰陽師たちが集まってきたらしい。

「朔也を見にきたんだ。みんな」

 白蓮の呟きに、つい妹を見下ろす。

 普段と違う空気に戸惑いながら、すみませんと言いながら人混みを抜けた。白蓮もするするとついてくる。

 人集りの先頭と少し間を取ったところに、一人の少年が立っていた。


 ――初めて目にした、八束朔也の装束姿。


 伏せられた目元。その奥にある光を見ずとも、彼が放つ気配は眩しかった。

 千景は思わず息を呑む。

 なんと美しい少年なんだろう?

 朔也は少し居心地悪そうにしていた。庭へほとんど出たことのない朔也が正装で現れたのだから、周りからの視線の突き刺さり方は半端ではなかった。

 姿勢良く静かに立つ姿は幼い子供には似合わないものだ。不自然なのに、それでもなぜか目を引いた。

 誰も話しかけはしないけれども、自然と人集りができた。朔也は今でも内心逃げ出したくて仕方ない。

 でも――それより。

 間違ったものを正そうとしている。朔也は謝り、お願いする立場だ。

(きっと正装でないと式神は向き合ってくれないだろう)

 もし適当な甘えのまま臨み、新しい名を受け入れてくれなかったら――そんな恐怖の方が、ずっと上だった。だから精一杯心を奮い立たせている。

 かつて尊重できなかったもののために。

 償うために。

「白蓮……」

「朔也!」

 千景の声掛けは少し遅かった。白蓮はその場に姉を残して友達のほうへ駆け寄る。晴臣の姿がないので辺りを見回す白蓮を、朔也はほっとしたように見た。

「白蓮」

「人が集まってきちゃったね。大丈夫?」

「わからない」

 白蓮はきょとんと彼を見上げ、こちらを見返す朔也とぱっと目が合って驚いた。

 晴臣は、と尋ねることも忘れた。

 声はまだ頼りない。人集りの方は見ないようにしているようだ。

 それでも、表情は凪いでいる。

「でも、もうがっかりさせたくないんだ」

 朔也の側にいるのは、白蓮ひとりだった。

 他の人間が遠巻きに見ていた距離を白蓮だけがするりと抜けた。朔也もそれを見咎めたりしない。

 近くにいてと、その目が白蓮に願う。

 朔也、と、白蓮が囁くのと同時に――彼の手がふわりと動いた。

 その場に顕現した四体の巨狼は、こころなし今までよりも大きくなっている。

 彼らの期待の証だったらいい。

 白蓮はもはや確信しながら、両方の目をしっかりと開いて――その瞬間を見届けようとしていた。

(見捨ててなんかいない。大丈夫)

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